- ナノ -
TOP小説メモレス

桃色トラスト (1/2)
※『桃色天使』から続くシリーズ
※女装をやめてた有知識トリップ主人公
※『天使の幸せ』を踏まえた話



 ゾロは、ナマエと言う男をそれほど知らない。
 海賊と言うには優しさの滲んだ顔をしているその男は、二年ぶりに全員が集まったあのシャボンディ諸島で、船のコックが連れて帰った相手だった。
 随分な怪力ではあるが、戦い方はそれに頼った大ぶりな動きが多く、隙も多い。
 恐らく、本来はそう言った荒事とは関わらなかった人間なのだろう。
 しかし、船長が船に乗ることを認めたのだから、今は立派な海賊だ。

「俺も行きたい」

 だから、ナマエはきっとそう言うのだろうと思った。
 ミンク族の住まう『象』の上で、先に上陸していた筈の一味の中にコックの姿が無い。
 その理由を聞いた船長が、連れ戻しに行くと決めてすぐのことだ。
 航海士と船医、それに音楽家はすでについていくと決めていた。

「馬鹿言えお前、四皇のとこに乗り込むんだぞ?」

 ナマエを引き留めているのは狙撃手で、しかしその背中を叩いたのは船大工だ。
 厳しい顔をしている年上の船大工が何を言いたいのかは分かったので、ゾロは一つあくびをした。

「こっそり潜入が微妙にはなってきたが仕方ねェ。男には、やらなきゃいけねェ時もある」

「やらなきゃいけねェ時ってなんだよ」

「そりゃお前、自分のもんは自分で取り返すもんだろうが。なァナマエ!」

 式をぶっ壊したらすぐ逃げてくるんだぞ、とナマエのみならず仲間達にまで向けて言い放つ船大工に、分かったと船長が頷く。
 あっさりと受け入れられた事実にナマエが少し目を丸くしているが、今更である。
 船の上であれだけ甘ったるい真似をされていたら、公言はされなくとも、さすがに二人の関係くらいは察するものだ。
 女好きのあのコックがと最初は思ったが、そもそもゾロは人のそう言った方面には大して興味も無い。他の船員がどうかも知らないが、半数以上は気付いていることだろう。
 そんな相手がいるのに、『女に会って来る』なんて書置きを残して連れ去られたコックが悪いのだ。

「おい、ナマエ」

 仕度を始めるぞと騒がしくなり始めた仲間を横目に、ゾロが声を掛けると、ミンク族と同じ方に向かおうとしていたナマエが足を止めた。
 不思議そうなその顔は分かりやすく男の見た目をしているが、やはりどことなく線が細い。
 こちらを向いたその目を見つめ返して、ゾロは軽く顎を上げた。

「一発くらい殴って来いよ」

 顔面でいいぞ、と勝手な許可を出したゾロに、いやそんなことできないよ、とナマエは少し困った顔をしていた。







「ほら、ナマエもこういうのにしなさいよ」

 道中に色々と起きたものの、ようやくたどり着いたホールケーキアイランド。上陸したカカオ島のショコラタウンで、ナミが真っ先に足を運んだのはブティックだ。
 特殊な加工をされていると思われるチョコの服は可愛らしく、ふんわりと甘いにおいがする。
 その手に持っている長いスカートの可愛らしい服を揺らすと、ナマエが目を瞬かせた。

「いや、俺はその……男だし」

「これは潜入なんだから、変装するのが一番! それにアンタ、こういう服、慣れてるでしょ」

 尋ねたナミの目に間違いはないはずだ。
 ナマエはサンジがモモイロ島から連れて帰ってきた男で、そしてサンジやナマエの話を聞く限り、その島には体は男性でも心まではそうとは限らない人間が多かったらしい。
 ナマエは女性の服にも詳しく、着こなし方にも理解がある。スキンケアの話までしやすいので、考古学者の彼女も交えて話をすることだってそれなりにあった。
 見た目からは分かりにくいだろう丈の長い服をいくつか選び、それぞれをナマエの体に宛がう。

「仮装みたいなもんよ。何かあった時には変装を解けば、相手のかく乱にもなるし」

「……それなら、ナミは男装するべきじゃないのか?」

「だって可愛くないじゃない?」

 あ、これもいいわね、といくつかのうちの一つを選びながら告げたナミに、ナマエがますます困った顔をした。
 その様子をちらりと見やって、アンタが堂々としてるなら問題は無かったのよ、と口からは出て行かなかった言葉を飲み込む。
 この島へ向かう途中の船の上で、やらかした船長が毒で生死の境をさまよった。
 それを助けてくれたのは、何とかのジェルマ66の一人。しかもサンジの姉だった。
 ナミは、ナマエがサンジにとってどういう相手なのかを何となく知っている。
 だからこそ宣戦布告の一つでもするかと思ったのに、ナマエはただ相手の様子を窺っているだけだったのだ。

「別に嫌なら無理強いはしないけど、可愛い恰好でサンジくんをメロメロにして連れて帰った方が早いんじゃない?」

 相手の子が可愛かったら迷うかもしれないじゃない、と焚きつけるように尋ねてナミが微笑むと、ナマエが目を丸くした。
 それから、少しばかりその顔が赤くなる。
 何を想像したのか、恥ずかしそうな顔をした後でその目が慌ててナミから逸らされ、動いた手がナミが選んでいたいくつかのうちの一つを受け取った。

「別に、俺がいてもいなくてもサンジは帰ってくるよ、絶対」

 サンジはみんなが好きだから、とまるで相手の何もかもを理解しているような口ぶりで言い放つ相手に、ふうん、とナミの口が声を漏らす。

「じゃあ、なんでついてきたわけ?」

 先にワノ国へ向かっているという選択肢だってあったのだ。
 それをせず、『俺も行く』と言い放ったのはナマエだった。
 その理由を尋ねて笑ったナミの視線に、ナマエがそっと目を逸らす。

「サ……」

「サ?」

「サ……サンジの……正装が、見たいなって……」

「………………アンタね……」

 思ったよりも能天気な理由でついてきたらしい仲間に、ナミの口からは海よりも深いため息が漏れた。
 しかし、まあ、好きな相手の色んな格好が見たいというのは、それはそれで自然なことなのかもしれない。







 チョッパーの知らぬうちに、サンジと船長が喧嘩をしたらしい。
 戦ったと言われてとてつもなく悲しくなったのは、きっとどちらも痛い思いをしたのだろうと思ったからだ。
 どちらも強いから怪我もしただろうし、仲間同士が争ったのなら、心だって痛かっただろう。かつて、狙撃手が船長へ挑んだあの時のように。
 鏡の世界の中、ナミから持たされた情報に声を上げて泣いたチョッパーの毛皮に、そっとぬくもりが触れる。

「ナマエ〜!」

「大丈夫だよチョッパー、泣かないで」

 思わずしがみ付いた相手がチョッパーを慰めるように優しい言葉をかけてきて、ますますチョッパーの目からは涙が漏れた。
 小さな体がひょいと持ち上げられて、あやすように揺らされる。
 どうしてだか女性的な格好をしているナマエの体からは甘い匂いがしていて、だというのに口に触れたチョコレートは少ししょっぱい気もした。
 ふむ、と声を漏らしたのはジンベエだ。

「サンジもヴィンスモーク家の立場上、よほどの理由でここへ来たはずじゃ。そう簡単に、連れて帰れはせんじゃろう」

「……そうだけど」

 む、と少し不満そうな顔をナミがして、それからその目がじろりとどうしてかチョッパーの方を睨む。
 寄こされたそれにびくりと身を震わせたチョッパーは、しかしナミの視線が自分ではなく、自分を抱き上げている男へ向けられていると気が付いた。
 まだ顔を濡らしている涙をナマエの手が軽く拭ったところでナミがずかずかとチョッパーとナマエの方へと近寄って、それを見たナマエがチョッパーを下す。

「ちょっとナマエ! サンジくんが私のことをどれだけ怖い目に遭わせたと思ってるのよ! アンタ、責任取んなさい!」

「ナ、ナミ? ゆティア急にどうしたの?」

「よくよく考えたら、アンタが森で捕まったのが悪かったんじゃないの!」

 ぷんぷんと怒った顔をしているナミの言葉に、チョッパーは兎のミンク族と顔を見合わせた。
 確かにナミの言う通り、ナマエはあの森でチョッパーたちと共に、鏡の世界にとらわれた。
 そのまま共に行動をしていたから、サンジにはまだ会ってもいない。
 けれどもどうしてそれでナマエが怒られるのだと、お互いに首を傾げたトナカイと兎ミンクの傍で、ええと、とナマエが声を漏らした。

「もし俺がいても、多分その場ではサンジは戻らなかったよ。ジンベエさんの言う通りで」

「そう言う理屈を言ってんじゃないのよ!」

 ちゃんと自分の男は捕まえておきなさいって言ってんの、と声を上げたナミがナマエの服を掴んで、まあまあ、とナマエが相手を落ち着かせようとしている。
 しばらくそんなやりとりをした後で、もういい分かった! と声を上げたのもナミだった。

「ナマエ、アンタ、私がいいって言うまでサンジくんと一言も口きいちゃ駄目よ!」

「え?」

「いい、わかった!?」

 まなじりを吊り上げられて迫られ、ナマエが困惑に目を瞬かせる。
 しかしそれでも、ナマエが頷くことをチョッパーは知っていた。
 麦わらの一味に属する男で、かの航海士に勝てる人間は、誰一人いないのだ。







戻る | 小説ページTOPへ