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天使の幸せ (1/4)
桃色天使から続く連作。
桃色の計略のその後
※異世界トリップ主人公は女装子(だった)
※途中に不思議な平和時間軸が入ります(映画Z冒頭くらいの)
※多少の偏見・差別的な発言をする名もなきモブなどがいるので注意




 自分が『スカート』を穿かなくてはならないということが、どうしても不思議だった。
 なぜなら、どう考えてもそれは『女の子』の服だからだ。
 髪の毛を伸ばして、丁寧に編んで、リボンやバレッタを着ける。
 着込む洋服は大体ふんわり可愛らしく、園庭で駆け回るには不向きだったし、汚すと大変怒られた。
 自分と同じ年頃の男児は大体もっと髪も短くて、動きやすい格好をしていたのに、どうして自分だけこうなんだろうとナマエは思っていた。
 それでもそれを受け入れたのは、嫌がると悲しそうな顔をしたり、とても強く叱責してくる大事な相手がいたからだ。

『ナマエちゃん、誰か好きなひとはいるの?』

 家の中にチョコレートの匂いを零しながら聞かれたのは、二月の中頃のことだった。
 微笑む相手は綺麗なエプロンをしていて、フリルのついたおそろいを着込んだナマエが答えたのは、自分が通う幼稚園の先生の名前だった。
 背が高くて、手が大きくて、力持ち。
 優しく笑うその先生は男の人で、自分の名前を呼んで微笑んでくれるたびに小さな胸がぎゅうっとなったから、間違いなくナマエは彼のことが好きだった。
 ナマエの言葉に、まあ、と声を漏らした母親がその瞳をキラキラと輝かせたことを、ナマエは覚えている。

『やっぱり、貴方は女の子ね!』

 こんなに可愛いんだもの、そうよねと嬉しそうな顔をしながら作ってくれたチョコレートケーキは美味しかったし、父親が帰ってきてからも母親は上機嫌で、それを見ているのは素直に嬉しかった。
 けれども、帰ってきて『その日の嬉しかったこと』の報告を妻から受けたナマエの父親は、なぜだかとても複雑そうな顔をした。
 そうして、後からこっそりと、ナマエだけへ言ったのだ。

『子供のお前にまで気を遣わせてすまないな、ナマエ』

 優しくナマエの頭を撫でて、まったくあいつは、と言葉が落ちる。
 小さい頃の記憶だ。
 もしかしたら細部は違うのかもしれないが、しかしナマエは、父親の言葉をしっかりと覚えている。

『男が好きなんて、自分の息子にそんな病気みたいなことを言わせて喜ぶなんて』

 『病気』。
 自分の恋心がそう分類されてしまったという事実は、確かにあったことだった。







「あら、ナマエボーイ」

 久しぶりね、と笑った『女王』へ会釈して、ナマエは両手で籠を持ち直した。
 細い二本の腕で抱えた大きな籠の中には、紙袋と、それから大きな根菜がいくつかごろりと転がっている。
 健康と美しさを謳うこの島では、色んな食材が作られている。
 ナマエが抱えている籠の中身も、それだった。
 畑を手伝い、それ以外を手伝い、そうして手に入れた食材を持ち帰るのがナマエの日常で、こうして籠を運ぶのもまた日常の光景だ。
 それでも、微笑んで近寄ってきた『女王』が、大きな顔をぐいと寄せ、その目でしげしげとナマエを見下ろす。

「ンーフフフ! サンジボーイもなかなかいい腕じゃない」

 随分とレシピを使いこなしているわね、と微笑んで寄こされた言葉に、ナマエは頷いた。

「サンジはすごく腕のいいコックなんですよ、イワ様」

 『99のバイタルレシピ』を集めて駆けるサンジという名の海賊は、麦わらの一味と呼ばれる海賊団の大事なコックだ。
 攻めの料理という素晴らしいレシピを集めながら強さを増していて、今は少し大きく受けた怪我を癒すために体を休めている。
 その傍ら、ナマエの家でレシピの試作を行っていて、最近ナマエの口にはいる料理はもっぱらそれだった。
 もとよりそう言ったものが効きやすい体質だったのか、見た目にはそれほど変化がなくとも随分と体に力がつき、前は引きずって帰っていた籠もこの通り両手で持ち上げることが出来ている。
 『サンジの料理』の出来を示すように両手に持っている籠を上下に揺らしたナマエへ、知っているわよ、と『女王』が答えた。

「さすが、麦わらボーイが仲間と認めただけはあるわね。この短期間で、本当にこれだけのレシピを集めるとはヴァターシも思いもしナッシブル」

 乙女の心を持たないままに花嫁修業を終わらせることになるなんて、と言葉を零した『女王』は、少し残念そうな顔をしている。
 しっかりと化粧を決めたその体がしゅるりと縮み、ほんの数秒で目の前に現れた女性が、小さくなった顔でナマエのほうを改めて見やった。

「それで、ヴァナータはどうするつもりかしら?」

「え?」

「サンジボーイの胃は、ちゃァんと掴んじゃッチャブル?」

 悪戯っぽく微笑みながら寄こされた問いかけに、ナマエはぱちりと瞬きをした。
 そうしてそれから、目の前の『彼女』の言うそれが、いつだったか言われたことを示しているのだということに気が付く。

『ぐるぐるボーイのことが好きなのね』

 何故だかナマエの胸に咲いていた想いを見抜いて、初対面だった『女王』はナマエへそう言った。
 相手が知るより先に島で過ごしていたことを挨拶しに行っただけなのに、そう言われてナマエが青ざめた理由は、きっとナマエしか知らないことだ。
 しかし、ナマエの恐怖をよそに、恋、良いじゃないと楽しげな顔をして、『女王』は言ったのだ。

『叶えたいなら、なんとしてでもボーイを捕まえるしかないわ。胃袋を掴むのが確実ってヤツよ』

 そう言われて、そんなつもりは無いと自分に言い訳しながら、食料も満足に得られていないかもしれないサンジのところへ食事を運んだのは、もう随分と前のことになる。
 もしかしたら少しは好きになってくれるかななんて、淡い期待を抱いたのは最初だけだ。
 結局最近は、サンジが作った料理を口にすることの方が多い。
 彼の作る料理はどれもこれもとても美味しくて、思い出すだけで口にしたくなる。いつか食べられなくなることがとても残念だった。

「……掴まれたのは、俺の方みたいです」

 へら、と笑いながらナマエが言うと、ナマエをしばらく見つめた『女王』が、ふ、と軽く息を零した。

「惚れた方が負けとはよく言ったものね」

 女性の姿で優しく言われて、そうですね、とナマエは素直に頷いた。
 男も女も超越し、心の機微に敏い目の前の『女王』を相手に、偽っても仕方のないことだ。
 ナマエはサンジという海賊が好きだ。
 それはただの好意ではなく恋愛感情で、そして彼がどこの誰なのかを思えば、叶うとも思えない想いだった。
 なぜなら、ナマエは男なのだから。

「服に、食料に、煙草に、寝床。サンジボーイの為にあれだけ尽くして、見返りを求めないって?」

 呆れたようにそう言って、『女王』が肩を竦めた。

「ヴァナータはもう少し、心のままに生きるべきッチャブル。キャンディ達を見てごらんなさい、なんのしがらみも無く自由に、美しく生きてるわ」

 諭すような声音を零して、女性的だった体がたくましく成長していく。
 見慣れた『女王』の姿へ戻った相手を見やり、そうですね、とナマエは答えた。
 傍らの彼、または彼女がキャンディと呼ぶこの島の住人達は、みな幸せそうに日々を過ごしている。
 男や女という概念にとらわれず、好きな格好をして生きる住人達の姿は、ナマエには眩しいほどだった。
 けれども、『好きにしてもいいのか』と思うたび、脳裏にふと浮かぶのは、小さな頃の父親の言葉だ。
 『男』のナマエが『男性を好き』と言うことを、ナマエが覚えている限りで一番最初に否定したのは彼だった。
 もちろん、父親には息子を傷つけようなどという悪意はなかったはずだ。
 しかしそれでも、自分の初恋を『病気』の一言で否定されたナマエは、大きくなるにつれ、男性である自分が男性を好きになるのが『おかしなこと』であるということを理解した。
 そんな彼が、自宅や、母親が入所しているあの施設以外では行わなかった女装を自主的に行うようになったのは、何故だかうっかりとこの島へとやってきてからだ。

『……俺の母さんさ、俺のこと女の子だと思い込んでるんだ』

 サンジにはああ言ったが、それだけが理由じゃない。
 そうだと言うのに全ての理由を『母親』へ押し付けるようにしたのは、それ以上サンジから追及されることを避けたかったからだった。
 もちろん、語ったことに嘘はない。母親を悲しませたくはないことにも、変わりはない。
 しかし、この島へきて最初の女装は、人から借りた衣類で他に着る物が無かったためで、そして、あえて選んでスカートを穿くようになったのは、誰かさんに出会ってからだった。
 光を弾いた金髪に、青い瞳。わずかな焦りを宿した双眸が、ナマエを見た時わずかに眩しげに細められた。
 初めて見たはずの顔で、しかしナマエは彼を知っていて、けれども出会ってすぐに恋へと突き落とされた。
 もしもナマエが『女の子』だったなら、あの海賊を好きになったとしたって、『病気』じゃなかったのに。

「根の深い顔ね」

 ナマエの顔を見やった『女王』が、眉を寄せてそんな風に言う。
 相手の目に自分の顔がどう映ったのか分からず、ナマエは情けなさを隠すようにそっと顔を伏せた。







 


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