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責任をとる男 (1/6)
※『無責任な男』からはじまったシリーズ
※何気に異世界トリップ主人公は元海兵さん
※少し名無しモブ注意



「さて……ついたな、マリンフォード」

 雪の積もる終の棲家から離れて、しばらく。
 久しぶりの港の端で、俺はしみじみと呟いた。
 海軍本部を構えたこの島にも大勢の人間が住んでいて、港やそこから伸びる街道はどこも賑わっている。
 ゆっくりと歩き出しながら、俺は何年振りかのマリンフォードの街並みを眺めた。
 見知った店もあるが、見慣れない店も多い。きっと俺が海軍を離れてから出来たものだろう。
 自分から逃げ出したここへ俺が足を踏み入れたのは、とある一つの理由のためだ。
 何度も何度も指折り数えて、まだここへ脅威が迫っていないだろうと言うことも計算した。
 ひとまずは目的を果たすために海軍本部へ向かうかと、記憶を頼りに道を曲がる。
 港から続く大通りから一つ曲がった先、真っすぐ伸びた街道をゆっくり歩いていると、ふと前方を歩く大きな影に気が付いた。

「おっと」

 それに気付いて足を止め、少しだけ道の端に寄る。
 行き交う人間の邪魔にならないよう気を配った俺が立ち止まって視線を向けた先にいたのは、白いコートを羽織った大男だった。
 青いシャツに白いベストを着込み、数人の部下らしき海兵を従えた男は、どうやら警邏中であるらしい。
 真面目な顔をして歩いていて、時折顔なじみなんだろう店の主人へ声を掛けている。
 相手から声を掛けられた時もきちんと立ち止まって対応して、そうしながらも周囲にきちんと気を配っているのが見ていて分かった。

「なんだ……真面目に働いてるな」

 海軍将校らしいその姿を見やって、小さく呟く。
 少し離れた場所で立ち止まっている男の名前は、クザン。
 ここ半年近く、俺のところへ顔を出さなかった相手だ。
 もとよりこのマリンフォードと俺の住まいはかなり離れてはいるものの、初めてうちへ来たあの日から、クザンがそこまで期間をあけたことは無かった。
 一体どうしたんだろう。
 もしや、大きな病気でもしてしまったのだろうか。
 自然系能力者は外傷には強いが、内側は普通の人間だ。可能性は十分にある。だってまだ、『青雉』が『退役』するのには時間があるはずなのだ。
 そんなことを考えたらどうしても気になってしまって、電話では済ませられずに万が一の時の書置きも残して家を離れたのが、二週間ほど前のこと。
 長時間の月歩も行えなければ海をひたすら泳いで渡ることも出来ない俺は、いくつかの船を乗り継いで少し遠回りもして、ようやくマリンフォードへとたどり着いた。
 しかし、どうやらクザンは、真面目な海兵として真面目に働いていただけらしい。
 見たところ、体調を崩したりしている様子も無い。少し疲れは見えるが顔色も悪くはなく、服も綺麗にしている。
 部下へ指示を出すクザンの姿は俺には見慣れないものだが、ちゃんとした海軍将校の顔だった。
 しかし、健康状態に問題が無かったなら、俺のところに来なかったのは、一体どうしてなんだろう。
 そんな風に少しだけ考えて、なんだか変なことを考えたな、と自分の頬を掻く。
 別に、クザンが必ず俺のところへ来なければならない義理は無いのだ。
 今まで頻繁に来ていたのだって本人の意志なのだから、その頻度を減らすのだって本人の都合だろう。
 誰に指摘されたわけでもないのになんとなく恥ずかしくなって、そろりと身じろぐ。
 クザンを見つけたら声を掛けようと思っていたが、仕事の邪魔をするのも悪いか。
 元気なのは確認できたことだし、ひとまず今日の宿でも取るかと考えて踵を返そうとした俺は、ふとこちらを向いた海軍将校と視線が合ったのを感じた。
 するりと俺の上を素通りして行った視線が、何故だかすぐさまこちらへ戻ってくる。
 じっと視線を注がれ、おや、とそれを見つめ返したところで部下へ何かを告げた相手が、大股でこちらへ歩み寄ってきた。
 クザンはとても大きいので、離れていた距離も数歩で縮まる。

「ナマエさん?」

 戸惑いの混じった声が俺の名前を呼んで、俺は片手をあげてそれへ答えた。

「元気そうだな」

「いや元気ですけど、え? ナマエさん? 本当に?」

「そうでなけりゃここにいる俺は何なんだ?」

 困惑をその顔に浮かべて呟くクザンに、そんな風に言い返す。
 だってアンタがマリンフォードへ来るなんて、と呟いたクザンが、少しだけ身を屈めた。

「どうしたんですか、こんなとこで」

「いや……ちょっとお前の顔が見たくなって」

 そんな風に言い放って、俺は誤魔化すように笑った。
 寄こす声にもちゃんと力が入っている。本当に、元気そうだ。

「顔って……」

 目を瞬かせて呟いたクザンを見やって、だってほら、と俺は続けた。

「最近来なかっただろう? ちょっと寂しくなったからな」

 端的に言えばそんなところだと、素直な気持ちを相手へ告げる。
 よく正面から親愛の気持ちを伝えてくれるクザンには、ちゃんと素直な言葉を向けるべきだと俺は思っている。人間、いくつになっても誠実でいたいものだ。
 俺の言葉を聞いて、クザンは何故だかふいと横を向いた。
 屈んでいた背中まで伸ばされてしまったので、視線も合わない。

「クザン?」

「……いや、いいんです。分かってますよ、なんとなく言っただけだって」

 だけどちょっと待ってください、と片手を向けられて、どうしたんだろうと首を傾げつつ頷く。
 一分足らずでその手が降ろされて、クザンの視線が改めてこちらを見下ろした。

「ご無沙汰してます。最近妙に遠征に駆り出されてて、なかなかそっちに行く時間が作れなくて」

「そうだったのか。体調は大丈夫そうだが、やっぱり忙しいんだな」

「忙しいというか……ボルサリーノが妙に張り切ってると言うか」

 すぐ仕事回してくるんですよね、と眉を寄せて呟くクザンが、その口で言葉を続ける。

「それより、ナマエさんはしばらくマリンフォードにいるんですか?」

「いや、せっかくだし今日は一日過ごすつもりだけど、明日の朝の便で島を出るよ」

 ここまで来るのに時間がかかったしなと続けながら、俺は肩を竦めた。
 今日でどうしてもクザンに会うつもりだったのだが、島へ着いて早々に目的は達成してしまった。あとは島でのんびり体をいたわるべきだろう。
 俺の言葉に、そうですか、とクザンが答える。眉が少し下がったのは、残念がっている証だろうか。

「それじゃ、せっかくですし、夜はおれと食事でもしませんか」

「それは良いな」

 さらりと寄こされた誘いに頷くと、その顔つきが少しだけ機嫌が良いものに変わった。
 自分が慕われているのを感じて笑い、俺はクザンの足を軽く叩く。

「じゃあ、また後でな。あちこち行くが、五時前からはこの通りにいるから、見かけたら拾ってくれ。仕事頑張れよ」

「はい」

 素直に頷いたクザンが、素早く俺の前から離れていく。
 離れた場所で待っていた部下を拾いながら、予定通りの方向らしき路地へ曲がっていく背中を見送って、俺もゆるりとその場を離れた。







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