責任をとる男 (2/6)
何年も離れた後のマリンフォードは、あちこちが見知らぬもので溢れていた。
いつの間にか路地も一本増えているし、通り抜けた先には見知らぬ店がある。
宿を決めたあと、変わった町並みを眺めながら散歩して、テラスのある食事処へ俺が足を踏み入れたのは、昼には少し早い時間だった。
クザンと夕食を約束したが、俺はあいつほど食べられないし、昼食は早めに軽く食べておこう。
近寄ってきた店員に尋ねて店のおすすめとやらを選び、先に運ばれてきた水を飲む。
大通りから一本離れたそこは、人通りも緩やかで、良い雰囲気だ。
涼しい風が吹き抜けて、本でも買ってくるべきだったかと少しばかり考えたところで、ふいにテーブルに二脚しかなかった椅子のうちの片方が引かれた。
向かいに誰かが腰かけた気配に、ふと視線をそちらへ向ける。
「ボルサリーノ?」
「オォ〜……久しぶりですねェ〜、ナマエさん」
にこにこ笑った海軍大将が、何故だか俺の向かいに座っている。
ほかにもいくつも席は空いているのに、わざわざそこへ座ったということは、俺への用事だろう。
どうしたんだと尋ねつつ持っていたグラスをコースターへ乗せて、俺は向かいの男を見やった。
クザンよりいくらか年上のこの男は、クザンと同じくいずれは海軍大将になる人間だった。
海軍最高戦力となる光人間で、あと一人の未来の『海軍大将』と足して二で割ったらどうかと思ったことがあるくらいには愛想がいい。
しかし、こちらを観察する目線は鋭く、こいつが近寄ってくるなんて珍しいな、と俺は思った。
俺は別にそうでもないのだが、いまいちボルサリーノは俺のことが気に入らないらしいのだ。
呼ばなければ近くになんて来なかったし、呼んだってなんだかんだと理由をつけて寄ってこなかったこともある。
そんなボルサリーノが俺の向かいに座るなんて、余程の用事に違いない。
心構えをした俺の前で、店員へコーヒーを頼んだボルサリーノが、テーブルの上で軽く手を組んだ。
「こんなとこで会うなんて思いもしなかったんで、思わず声を掛けちまいましたよォ〜」
「まァ、マリンフォードも久しぶりだからな」
「あァ、やっぱりィ。今日はクザンに用事でもォ〜?」
さらりと寄こされた言葉に、少しばかり首を傾げる。
「なんでクザンが名指しなんだ?」
尋ねた俺に、何ででしょうねェ、とボルサリーノは笑ったままで返事をした。答えるつもりはなさそうだ。
もしかして、俺とクザンが顔を合わせているところでも見かけたんだろうか。
相変わらず変な絡み方をするなァ、と相手へ向けて軽く笑って、俺は言葉を続ける。
「まあ、そんなとこだ。今日はクザンと飯に行く予定を組んでるんだが、お前も来るか?」
何ならサカズキも呼んで、目の前に未来の海軍大将を三人並べてもいいかもしれない。
俺の思い付きに、目の前の海軍将校がぱちりと瞬きをする。
そうしてその顔から笑みが消えて、何故だか今まで見たことも無いような嫌な顔をされた。
思わず目を瞬かせてしまった俺の前で、ナマエさん、とボルサリーノが唸るように言葉を零す。
「本気で言ってますねェ〜?」
「…………ボルサリーノ?」
低い声音が言葉を綴り、戸惑った俺の前で、ボルサリーノが椅子から立ち上がる。
「わっしとサカズキは今日用事があるんでねェ、残念ですがお断りしときますよォ〜」
そんな風にはっきりと拒絶されて、俺が引き留める前にぴかりと視界が輝いた。
突然すぎるそれに思わず目を閉じて顔を逸らし、それから目を開いたら、もはやすでに立っていた海軍将校の姿はない。
残像でちかちかする目を眇めつつ、俺はぎゅっと眉を寄せる。
「……もしかして」
クザンと一緒に食事をどうかと誘っただけで不機嫌になった男に、まさか、と考える。
ボルサリーノは、まさかクザンが嫌いなのだろうか。
肩を並べて戦う海兵同士、必ずしも仲良しこよしでいろと言う訳じゃないし、万人に受ける人物なんていやしないだろうが、クザンを嫌う海兵がいるなんて思いもしなかった。
いずれはあれこれとサボり癖を身に付けるかも知れないクザンだが、今は真面目な海兵だ。ちゃんと働いているし、部下や市民にだって慕われているだろう。
だと言うのになんてことだ。
あんなに顔に出すほどなんて、日常でもクザンにきつく当たっているんじゃないだろうか。
そういえば、遠征を押し付けられていると言っていたような気もする。
「これは……確かめてみないと」
上官同士の仲が悪いなんて、部下の間にまで影響を及ぼす。
そういうのはつるが目を光らせているだろうに、とも思うが、女性には分からないところでギスギスとやられているのかもしれない。
すでに退役している俺が手を出す領分ではないだろうが、相談に乗るくらいは出来るし、自分のコネを利用する形になるが俺はあいつらの『上』に繋がりがある。
もしもクザンがそれで悩んでいたりなんかするなら、少しくらいは力になってやれるはずだ。
小さく拳を握って意気込んだちょうどその時、店員がコーヒーを運んできた。
頼んだ人間がいなくなってしまったコーヒーは、そのまま俺の胃に収まった。
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