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桃色の計略(1/3)
※『桃色天使』から続く連作の続き
※異世界トリップ主人公は女装子



 あともう一歩で、届かない。
 立ち上がった時に響いた全身の痛みに眉を寄せつつ、しかしうめきなど飲み込むかのように煙草を噛んだサンジの向かいで、同じく随分な格好になった『女王』がぐっと体を伸ばした。
 男の身にも女の身にもなれるという相手が、サンジの前で『女』の姿になったのは今までに一度だけだった。
 大きな図体を縮めてサンジの攻撃を回避しようとした時だが、蹴りつけるところだった動きを止めたサンジに目を丸くして、何やら楽しそうに笑っていたのをサンジは覚えている。
 馬鹿だ愚かだと罵られようとも、元が男でも新人類でも、紛うことなく『女』の姿をされてはサンジに相手は蹴れない。
 これじゃあフェアじゃない、などとのたまった『女王』は、それからはずっとサンジとの初対面と同じ姿を取っている。

「小手調べはこんなところね、ヴァナタもヴァターシも」

「へ……どう見ても満身創痍じゃねェか」

「あァら、それは自分のことを言っちゃブル?」

 大きな体をわずかに揺らし、両手を組んだ相手に顎をそらして問われて、サンジは眉間の皺を深くした。
 今すぐにでも距離を詰めて飛び込みたいところだが、いまだに勝利はわずかに遠い。
 相手にも見たところ応戦するだけの気概は無く、退却時だという事はすぐにわかった。
 例えばこれが仲間の命や名誉のかかった一戦なら、サンジは足の骨が砕けようとも相手に挑み続けるだろうが、この戦いの目的はその先にこそ存在する。
 同じ目的を持ち、各地で同じように何かをやっているだろう仲間達のためにも、サンジは五体満足で帰らなくてはならない。
 言葉を零さず、片手で煙草の火をつけたサンジの向かいで、エンポリオ・イワンコフが笑い声を零した。

「それでヴァナタ、ナマエのことはどうするつもり?」

「…………ああ?」

「連れて行っちゃブルのか、一人にするのか」

 そこははっきりしなさいと言葉を放たれ、サンジは煙草を銜えたままで怪訝そうな目を向けた。
 ナマエと言うのは、あの小さな家に住む一人の男の名前だ。
 新人類でもないくせに女性的な服装を好み、女性のようなふるまいをする。
 そうしてどうしてか最初からサンジを信じてくれている、不思議な男だった。

「……連れてく?」

 なぜそんな発言が目の前の『女王』から出るのか、戸惑いすら瞳に浮かべたサンジの向かいで、『女王』が大きな口を動かした。

「もしも連れて行っちゃブルんなら、覚悟して奪いなさい。ヴァターシは手強いわよ。あの子もね!」

「…………てめェはあいつの親か何かかよ」

「ンーフフフフ!」

 思わずうなったサンジに対して、エンポリオ・イワンコフは楽しげな笑い声を零しただけだった。







 満身創痍のまま、周囲を警戒しながらサンジが向かったのは、すでに見慣れてしまった一軒家だった。
 こじんまりとしたそれは森の間にあり、今日もまるで平穏そのものの雰囲気だ。
 ついこの間までは破壊の爪痕も生々しかった土壁は既に直されていて、屋根や周辺の設備もほとんどの補修が終わっているし、ところどころにサンジの好みも取り入れられている。
 ここ半月ですっかりサンジの帰る場所になってしまったあの家で、彼は今日もサンジの帰りを待っていることだろう。
 そんなことを考えて、それから先ほど交わした『女王』との会話を思い出したサンジは、何とも言えない気持ちでため息を零した。

「『連れてく』、ね」

 あの新人類が何を考えてそんなことを言ったのかは分からないが、馬鹿な話だとサンジは思った。
 サンジは、もう一年もしないうちにこの島を離れると決めている。
 全ては仲間達と共に、あの航海の続きを行うためだ。
 誰かが欠けるなんて考えたこともないし、間違いなく全員の顔が揃うことを確信している。
 そうして、仲間達は気のいい連中だから、きっとサンジが誰かを引っ張って連れて行っても、軽く笑って受け入れてくれるに違いない。約一名ぐだぐだと文句を言いそうな男がいるが、船長が納得すればそれで終わりだ。
 しかし、ナマエにその気がないことは、はっきりとしていた。

『旅立つ日には必要だろ』

 間違いなく訪れる『いつか』の為にサンジの荷物を用意しているのだと言っていたナマエの発言は、サンジにそう確信させるには充分なものだった。

「…………いや、なんで連れていきてェって話になってんだ」

 そこまで考えて、むっと眉を寄せたサンジの足がゆるりと家へと近付く。
 そんなこと、サンジは今までほんのひとかけらだって思ったことは無い。
 この新人類の島でこうして生活しているのはサンジが仲間の役に立つレシピを手に入れるためで、ナマエはたまたまこの島にいた、変わった人間というだけのことだ。
 何らかの事情で地獄に住まう天使だというのなら天界まで帰る手助けをしてもいいが、ナマエは間違いなく男だ。
 まあナマエが帰れなくて困っているというのなら今までの世話の礼として手を貸してやってもいいが、それとこれとは話が違う。
 けれども、それでは、ナマエが『サンジがこの島を離れた後』の話をするときに苛立つのは、どうしてか。
 ぐるぐると言い訳めいた考えを浮かべながら、たどり着いた玄関口で足を止めたサンジの手が、少し大きくした扉のノブを掴む。
 そのままぐいと引っ張り、いつも通り扉を開こうとしたサンジは、おかしな手ごたえに気付いて少しばかり視線をあげた。
 ぐらりと傾いだ扉が、そのままサンジの方へ向けて倒れてきている。

「なっ」

 慌てて押さえようとした腕が強く痛み、痛みに息を詰めたサンジが少しばかり身を引いたせいで、扉の傾きは更に大きくなった。
 飛びのきたいが、怖ろしい戦いを繰り広げてきた体が言うことを聞かない。
 頭をぶつけることくらいは我慢するべきか、とサンジが覚悟を決めたちょうどその時、真後ろから伸びた手が扉をたたき、どん、とそのままサンジの体ごとそれを家屋の方へと押し付けた。

「……!」

 唐突に現れた『誰か』に、『襲撃』か、とサンジが慌てて後ろを振り向く。
 そうして目の前にあったのは、いつになく切羽詰まった様子のナマエの顔だった。
 長い髪もそのままに、いつものように女らしい恰好をしているのは視界に入っているが、扉を押さえ込むために近付いた体がサンジに押し付けられていて、体形を隠す服の下がしっかりと引き締まっていることが分かる。





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