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酒の席でのこと
※『先輩と若サリーノさん』と同設定で、ネタ/小話できちゃったんです3のちょっと前の話
※資料室の先輩と若い頃のボルサリーノさん
※主人公は転生系トリップ主(微知識)



「はい、じゃァ、決まりですねェ〜」

「…………ん?」

 寄こされた言葉が耳に入ったのは、ちょうど手元の資料冊子の修繕が終わった時だった。
 最後の一結びを終えて気を抜いたところで意識に入ってきたそれを追いかけるように顔を上げると、向かいに座っている『後輩』がいつになく機嫌よく笑っている。

「……ボルサリーノ」

 その様子に咎めるように名前を呼ぶと、話をきいてねェ方が悪いんでしょう、となんとも酷いへ理屈が寄越された。
 集中していたんだから仕方ないだろうとそれへ眉を寄せつつ、手元のものを修繕が終わった冊子の山へ乗せる。
 俺は手元のものに集中していると、話しかけられても気付かないことが多い。
 それは自分の悪い癖だと理解しているが、ここ最近打ち解けてきたように思えるこの海兵は、時々そこへつけ込んでくるようになった。

「今度はなんだ。また昼飯か?」

 いつだったかは『可愛い後輩に奢ってくれ』と勝手に約束を取り付けられていて、仕方ないから本部内の食堂へと連れて行った。
 期待の新人である誰かさんはそれなりに人気者なようで、あちこちから話しかけられていて、すごいもんだなとただ眺めたような覚えがある。

「違いますよォ〜」

 話をしながら器用に手を動かして、俺と同じく資料を修繕していた後輩が、楽しそうに言葉を紡いだ。

「ナマエ先輩とはまだ飲んだことが無かったでしょォ?」

 だから飲みに行く『約束』をしたんだと、人が返事もしないうちに勝手に取り付けた相手に、俺は肩を竦めた。

「あ、もちろん奢れとは言いませんよォ」

「そうだな、自分の酒代は自分で賄ってくれ」

 どう考えても俺より飲みそうな相手へそう言いながら、しかし、と少しばかり考える。
 飲みに行くなら終業後に適当な店へ向かうのがいいんだろうが、いつぞやの食堂でも大人気だったこの後輩が、そんなところへ行ったら一体何人に話しかけられるんだろうか。
 食堂ならまだしも、酒場では相手が酔っ払いの可能性が高いし、ひょっとしたらテーブルに混ざってこられたり、俺にまで絡んできたりするかもしれない。
 別に人付き合いが苦手だというわけじゃないが、見知らぬ酔っ払いの相手は間違いなく面倒だろう。
 しかし、仕事終わりにさっさと入れるような酒場なんて、海兵も多いに決まっているし、何よりできれば外では飲みたくない。

「…………」

「ナマエ先輩?」

 しばし黙り込んだ俺の向かいで、後輩が少しばかり伺うようにこちらの名前を呼んだ。
 ひょっとして都合が悪いんですかと、そんな風に尋ねてくる相手に、いや、と反射的に答える。
 答えてから『そうだ』と言えば断れたということに気付いたが、後の祭りだ。
 さらにもう少し考えて、仕方ないな、と俺は向かいの相手へ視線を戻した。

「ただし、飲むんなら俺の家でな。つまみは出してやるから、酒は自腹で買ってくれ」

「…………えェ〜……?」

 妥協案を口にした俺の前で、何故だか俺の後輩は少しばかり変な顔をした。







 もはやおぼろげな記憶の彼方、俺が読んでいた少年漫画の中に、海賊が主人公の物語があった。
 敵対するのは海軍や賞金稼ぎ、他の海賊と様々で、少年漫画らしく戦闘に戦闘を重ねた漫画だった気がする。
 そうして、その中でも随分と強い『海兵』達がいた。
 海軍最高戦力、なんていう風に書かれていた覚えのあるそれは『青雉』に『赤犬』、それから『黄猿』。
 ピカピカ光る光人間の海軍大将は、恐ろしい強敵として描かれていた。
 そして、恐らくそれは、何故だか俺と一緒に資料室へ勤めている俺の後輩の未来の姿である。
 間違いなく人材の無駄遣いだと思うのだが、聞くところによると『ボルサリーノ』はあちこちで戦果をあげてはいるらしい。
 ただし味方側の被害も多く、引き取る隊がなかなかいないのだとか。
 つまり、こんな地味で地道な作業ばかりの資料室へ送り込まれているのは、まあ、罰則のようなものなんだろう。
 それならそれでこき使ってやろうと考えて、ともに仕事をしてしばらく。

「……お前がこんなに酒に弱いとは思わなかった」

「オォ〜……ナマエ先輩が強すぎるんじゃねェんですかァ〜?」

 いつになく間延びした声を零して、酒のせいで赤く染まった顔の男がつまらなそうに口を尖らせた。
 俺の家の一番高い場所にかけてもコートが床につくような大柄な誰かさんには俺の家のソファが合わなかったので、家主の俺もそろってラグの上に座り込んでいる。
 すぐ近くにはローテーブルが置かれていて、テーブルの上やその周りには、空になった酒瓶が置かれていた。
 最初はこの後輩も俺の向かい側に座っていた筈なのだが、いくらか飲んだところで俺に酒を注ぐなんて言う名目で近寄ってきたため、俺達は並んで座っているような状態だった。
 どうやら、ここがソファにもたれられる良い場所だということに気付かれてしまったらしい。
 体から力が抜けているのか、大きな背中がソファに預けられている。さっきまで組んでいた足も放り出していて、自宅でリラックスしてでもいるようだ。
 気持ちよく酔っているらしい酔っ払いの傍で軽く息を吐いて、俺はまだ中身の入っている酒瓶を手に取った。

「ほら、もう一杯どうだ? それとも水にするか?」

 言葉を放ちつつ片手に持っていた瓶を揺らすと、酒でいいです、と紡いだ後輩の手が自分の持っていたグラスをこちらへ向ける。
 中身の無いそれへ酒を注いでやれば、並々と酒を注がれたグラスを手にして、相手が楽しそうに笑った。
 その手が動いて、俺の手から酒瓶を奪い取る。

「それじゃァ、わっしもナマエ先輩にがんばって飲ませねェとォ」

「なんだ、俺を酔いつぶしたいのか」

「これァ男同士の真剣勝負ですよォ〜」

「いつからそんな話に」

 勝手な奴だと見やりつつ、しかし俺も差し出された瓶の中身を受けるためにグラスを持ち直した。
 傾けた瓶から勢いよく酒がこぼれて、グラスの中へと注がれていく。

「っと」

 あふれる前にグラスを持ち上げると、かちりと瓶のふちを叩く格好になり、それを受けて持ち手が瓶の向きを直した。
 なみなみと注がれてしまったグラスに口を付けて、中に入った酒を飲む。
 じわりと舌をくすぐる熱が、喉を通り過ぎて腹の底に溜まっていく。
 体の感覚は少しばかり鈍く、ふわふわとした心地よさに口元を緩めた。
 この世界に生まれ直した俺の体は、とてもアルコールに耐性がついていた。
 酒場でもこのくらいの状態になるまでは随分と注文を重ねなくてはならないから、恐ろしい金額になる。酒は好きだが、堅実に生きたい俺としては、外で飲むというのはあまり経済的じゃない。
 ここまで気持ちよくなるとなると、確かに随分な量を飲んだようだ。
 後輩がテーブルへ置いた大瓶を見やり、あれがなくなったら終わりにするか、と考えたところで、テーブルの上の空になった皿に気が付いた。

「つまみがないな」

 あれこれと出してあったはずだが、大皿の上はすっかり何もない。
 それを肴に飲み干した酒瓶の数を見れば当然だが、まだ大瓶には半分以上残っている。
 酒だけを飲むのもいいが、つまみはあった方が飲みやすい。
 手元のグラスの中身を半分ほど減らしてから、棚から何か取ってくるか、と俺は腰を浮かした。
 けれども、何故だか立ち上がるのを横から掴まれて疎外される。

「…………ボルサリーノ?」

「どこォ行こうってんですかァ、ナマエ先輩ィ」

 中腰になっている俺の体を長い片腕で抱えるようにして掴まえて、そんな風に言い放った後輩がぼんやりとした双眸でこちらを睨み上げていた。
 いつになく距離の近い相手に、やっぱり随分と酔ってるんだな、と考えながら、ローテーブルの上を指さす。

「つまみが無いだろ。何か取ってくるから放してくれ」

「そんなこと言ってェ、逃げるつもりじゃァないんですかァ」

「俺の家だってのにどこに逃げるって言うんだ」

 おかしなことを言いだす相手にため息を零しつつ、手を伸ばしてとりあえずグラスを置く。
 それから相手の腕を引きはがして立ち上がろうとしたのに、後輩のもう片方の手までこちらへ伸びてきた。グラスはどうしたのかと思ったら、いつの間にやら空になったものがラグの上に転がっている。

「こら、ボルサリーノ」

「逃がしゃしねェですよォ〜」

 言葉とともにぐいぐいと下へ引っ張られて、転びそうな勢いに慌てて足へ力を入れた。
 それすら気に入らないのか、むっと眉を寄せた後輩が、さらに腕へ力を入れる。

「どうしてもってェんなら、ちょいとツラ貸してくださいよォ」

「お前な……」

「そうしなきゃァ許さねェんでェ」

 どこかで素行不良なチンピラが言いそうな台詞が海兵の口から漏れて、思わずため息が出た。
 仕方なく引き寄せられるまま座り直して、何の話があるんだ、と近くにあった顔を見上げる。
 俺が座ればこちらを見上げていた後輩は俺を見下ろす格好になって、近いせいもあって少しばかり威圧感があった。
 一体どんな難癖をつけられるのか、と酔っ払いを見上げていると、俺の腰辺りを掴んでいた腕を上へ滑らせた後輩は、何故だか俺の頭を掴まえた。

「ん?」

「ん〜」

「……いや、いや待て!」

 がしりと掴んだ顔を引き寄せられて、思わず悲鳴じみた声が出る。
 目まで閉じて、わざとらしく子供みたいに唇を尖らせて近付いてきていたのは後輩の顔で、すぐさま手でその顎のあたりを抑えて押しやった。
 ぐぐ、と力を込めて押しやったおかげでそれ以上近付いてはきていないが、後輩との距離はほとんど開かない。
 抵抗していると、むっと眉を寄せた後輩が目を開き、びくともしない距離でこちらを睨みつけた。

「べェつにィ、口にしようってんじゃねェんだからいいじゃねェですかァ」

「男にそんなことして何が楽しいんだ、何が」

 せめて俺が女なら楽しいかもしれないが、俺もこの後輩も誰がどう見ても男性だ。
 いや、俺が女だったならそちらの方が問題かもしれないが、心情的な話である。
 俺の言葉に、わっしは楽しいですよォ、なんて答えた相手がにやりと笑う。
 それとともにぐいとまた距離が近付き、俺の抵抗を面白がっているらしいと分かって、俺は眉を寄せた。
 どうやら、俺の後輩は随分と意地の悪いところがあるらしい。
 普段は取り繕っているのか、それとも俺がまるで気付いていないだけなのか。
 両方かもしれないと思いながら腕に力を入れているのだが、さすがに体格の差には勝てない。
 ぐぐぐ、と引き寄せられた頬に酒の匂いのする唇が押し当てられて、ちゅう、と軽く吸い付かれた。
 目的を達成したからかぱっと顔を掴んでいた手を放されて、俺自身の抵抗の力によって体が横に倒れる。
 ごち、とラグ越しにフローリングに頭をぶつけてしまい、この、とさすがに苛立ちを感じて体を起こすと、両手をラグについてこちらを覗き込むようにした後輩が、先ほどよりも唇を緩めていた。
 浮かしていた腰を下ろし、嬉しそうな、心の底から楽しそうな子供みたいな顔をされて、思わず毒気を抜かれてしまう。

「わっしの勝ちですねェ〜」

「……まったく」

 小さく笑い声すら零しながらそんな宣言をされて、この酔っ払いめ、とため息を零した。
 酔っていると、気が大きくなって馬鹿なことをしでかすものだ。
 どうやら俺の後輩も、そういうよくいるタイプの人間だったらしい。
 酔いが覚めたらどんな反応をするんだか、と考えつつ片手で頬をこすりつつ立ち上がった俺に、今度は後輩も手を伸ばしてこない。

「グラス、せめてテーブルに乗せておけよ」

「はァい」

 俺の指示に素直な返事を寄こした後輩を置いて、俺はとりあえず当初の目的通り、つまみを取りにキッチンへ向かうことにする。
 酔い覚ましに水でも飲ませてやろうと水差しも用意して、数分もしないうちに戻ったはずなのに、現場には眠り込む酔っ払いが一人転がっていたのだった。


 翌朝、さすがに恥ずかしかったのか『忘れたふり』をしていたと思っていた後輩が、本当に覚えていないくらい前後不覚に酔っぱらっていたのだと知ったのは、それからしばらく後のことである。



end


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