先輩と若サリーノさん
※主人公は転生系トリップ主
※大将黄猿未満な若い頃のボルサリーノさん
まさかこんなことになるだなんて、思いもしなかった。
俺が第二の人生を謳歌していたこの世界は、何だかとても自分が知っている何かに似ているような気がしていた。
耳慣れない通貨に、『日本』だったらいなかったような荒くれ者共に、海賊、海軍、海に巣食う化物、不思議な『実』にあり得るはずもない力を持った『超能力者』。
どれもこれも非現実的で、そしてこの上なく現実だった。
俺が最終的に所属することになったのは『海軍』と呼ばれる、いわば日本で言うところの『警察』に近い組織だ。
そこへ入隊することを選んだのは、その組織の中こそが一番安全なんじゃないかと思ったからである。
『今の俺』の父親も母親も荒くれ者共が殺していったから、今の俺は天涯孤独の身の上で、誰も俺が海軍へ入隊することを止めたりしなかった。
俺の二番目の父母を殺した荒くれ者はすでに監獄に行ってしまっていたから、薄情な俺のこの選択はもちろん復讐心や恩返しなんてものじゃなくて、ただ単に安全と平穏を求めてのことだ。
墓参りは欠かさず行っているし、育てて貰った感謝もある。不義は働いていないつもりだ。
そうして、海軍内の裏方にあたる事務作業ばかりをしていたのが、今までの半生になる。
さすがにこの規格外の世界に合わせて作られた俺の体は丈夫で、時々ある訓練にも耐えられたが、やはり俺は『強い』とは言い切れない体をしていた。
「本気を出せばもっと行けるだろう」
そんな風に言ってくれた先輩には悪いが、俺には『彼の友人』のように拳で山を砕くことは出来ないので諦めて貰った。
ため息とともに手加減した拳骨で許してくれたかの先輩も、すでに資料室ばかりにいる俺の『上司』の一人だ。
そして今、俺が漏れそうなため息を堪えているのは、目の前にいる男のせいである。
「……オォ〜、わっしの顔に何かついてますかねェ〜?」
軽く首を傾げておどけたような声を零した誰かさんに、いいや別に、と返事をして視線を逸らす。
海軍には今年、化物が入隊してきたらしい。
ピカピカの実とかいう、どこかの電気鼠みたいな名前の悪魔の実を食べたというその男は、その圧倒的なロギアの力を操り海賊共を蹴り潰す。
明らかなその逸材の名前が何と言うのかは聞かされていて、何となく聞いたことのあるその名前に、あれ、と首を傾げたのが二ヶ月前のこと。
そして今更、俺はこの世界があの『漫画』によく似た世界だと言うことに気が付いた。
いいや、似ているのではなく、まるで『そのもの』だ。
ベリーに海賊、海軍、海王類、悪魔の実、その能力者。
多分俺は、本当はそれに気付いていて、けれども知らないふりをしていただけだった。
しかし今、俺へ現実を突きつけた誰かさんが、どこかの俳優の若し頃を彷彿とさせる顔に軽い笑みを浮かべている。
微笑んでいる筈なのにその目がひたりとこちらを観察しているものだから、俺はそちらへまっすぐに顔を向けられもしない。
「……それで。今日から資料室の配属になったっていうのは、君か」
それでもそのままどうにか言葉を絞りだすと、はいそうです、とあっさりと彼は答えた。
まだ頬に突き刺さっている気がするその視線を避けるように顔をそむけたまま、そうか、と一つ頷く。
仕方なく手元の書類を整えて、紙のファイルに挟みこんだそれを彼の方へと差し出した。
「それじゃあ、とりあえずこれを読んで。担当の細かな規則が載っているから」
「それを説明してくれるのが『先輩』の仕事じゃないんでェ〜?」
「書かれている文字を読み聞かされるより、自分のペースで読んだほうが飽きない」
面白がるような相手へそう言って資料を更に突き出すと、男はそれを受け取った。
仕方なさそうに向かいの椅子に座った相手がファイルを開いたのを音で聴いて、俺は椅子から立ち上がる。
そうしてそのままちらりと視線を向けると、意外と素直に書類へ視線を落とした海兵がそこにいる。
あれは、どう見てもあの『漫画』のキャラクターだ。
それも、『黄猿』なんてあだ名だかなんだかよく分からない名前まで手に入れる、俺の記憶が誤っていなければ『海軍大将』となるべき男だった。
本来なら今頃は、かのスパルタな教官殿の下で訓練の一つでも受けている筈だ。そうして力を蓄え功績を生んで、評価されなければ『海軍大将』になんてなれない。
だと言うのに、どうしてこの海兵が、わざわざ資料室に配属されたのだろうか。
湿っぽくてかび臭く、俺以外にいつく海兵のいない資料室の隅のテーブルで、軽く首を傾げた。
大体、人員の増員だって俺が求めたことじゃない。
昨日、突然呼び出され、「アンタの下に一人置くよ」と言われたのだ。俺の選択肢は『はい』か『イエス』のみだった。
人材の無駄遣いという文字が頭の中をくるりと回るが、想像上にいる俺の『上官』は素知らぬ顔をしている。
何か思惑があるのかもしれないが、俺には全く分からない。
「…………そんなに見つめられると、穴があいちまいますよォ〜」
そんなことをつらつら考えていたらじっと視線を向け続けてしまっていたらしく、資料からちらりと視線を上げた男がそんな言葉を零した。
「そっちは能力者だろう。穴があいてもすぐに閉じるんじゃないか?」
ロギアなんていう何とも反則的な能力者を相手にそう言えば、ぱち、と男が目を瞬かせる。
「……オォ〜、言いますねェ……」
そして、それからそんなことを言って、海兵は笑った。
その顔はどこか楽しげで、さっきまでのこちらを観察していた鋭さや底知れ無さは見当たらない。
その手がさらにぱらりと資料をめくり、それからすぐにその視線が紙面へと戻されたのを見て、俺は軽くため息を零した。
どうやらこの海兵は、案外『素直』な方であるらしい。
何となく覚えている『漫画』での『大将黄猿』は、どちらかといえば恐ろしい相手であった気がするのだが、そういえばあの漫画は海賊が主人公だったし、主人公の視点から見ての恐ろしさだったのかもしれない。
あの漫画には色々な正義を掲げる海兵が出ていたが、『彼』はどんな正義を掲げていたんだったろうか。
もう随分と遠く、思い出せない記憶をさらおうとしてすぐに諦め、俺はすぐそばにあった棚から資料を掴みだした。
先ほど返却されたばかりのそれにはあちこちにふせんが貼られていて、少し紐も緩んでいる。
規則を読みこむには時間がかかるだろうし、とりあえず俺はこれの修繕に取り掛かろう。
そんなことを考えて、そっと手を動かし始める。
「………………こら」
俺が、今日から配属された『後輩』に手を止めさせられたのは、それからしばらく後のことだった。
「この机は誰が直すんだ、誰が」
俺は手元のものに集中していると、呼ばれても気付かないことが多い。
先ほどまで資料の修繕に夢中になっていたし、その最中に声を掛けられても反応しなかっただろう、とは思う。
それは俺の悪い癖で、確かに俺が悪いのだ。
だがしかし、だからと言ってピカリと攻撃してくることはないんじゃないだろうか。
資料が消し飛ばなかったのが不幸中の幸いだった。
少しばかり焦げ臭い、半壊した机を見下ろして唸る俺の真向いで、椅子に座ったままの海兵が首を傾げる。
「わっしは悪くありませんよォ、無視した『先輩』がイケナイんでしょうにィ〜」
少し困った顔までしてそんな風に言われても、今一つ納得がいかない。
ひとまず、書庫内での能力使用は厳禁であるという一文を規則に足しておく必要がある気がする。
end
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