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罪状を知るまで、あと
※『素敵すぎて恥ずかしい』『大好きなので仕方ない』『初恋泥棒はこちら』等の続き
※再トリップ主人公は無知識



 それは、本当に小さな頃の記憶だ。
 驚いて、寂しくて、怖くなって、とても泣いた。
 面倒な子供だっただろうナマエの世話を焼いてくれたのはあの日奇跡的な偶然で出会った海賊団で、そしてナマエを抱き上げたのは隻腕の船長だった。

『悪いな、ナマエ。おれ達はお前を今すぐ家に帰してやることが出来ない』

 囁くようなその言葉は、小さかったナマエの耳にもしっかりはっきりと届いた。
 ひたひたと押し寄せる不安を増幅させるそれに、泣きたい気持ちで声の主へ顔を向ける。

『かえれない、の』

 自分を膝の上に座らせている相手に尋ねれば、伸びてきた大きな手がナマエの頬へ触れた。
 ざらついていて、硬くて、お母さんのとはまるで違う匂いのする大きな掌だ。
 それでもその手から逃げようと思わなかったのは、怖がらせないようにとゆっくりと動いたその手に、確かな優しさを感じたからだったろうか。

『そんな顔するな。必ず『帰る』方法を見つけてやるから』

 穏やかな声がそんな風に言葉を紡いで、だからそんな悲しい顔をするな、と続けながら、ナマエの頬が指先でふにふにと柔らかさを確かめるように押される。

『泣いているより、笑っている方が楽しいぞ』

 そう言葉を落とした相手の指がそのままこしょこしょとナマエの頬をくすぐって、こそばゆさにナマエは肩を竦めた。
 相手が励まそうとしてくれているのが分かって、それが嬉しくて、それでもやっぱり寂しくて、処理しきれない感情が小さな胸の内でぎゅっと混ざり合う。
 それでもきっと、この人と一緒にいるなら大丈夫なのだ、と言うことは幼かったナマエにも分かる。
 鮮やかな赤い髪の、顔に大きな傷跡のある優しい掌のその人は、『シャンクス』と言う名前だった。







「ナマエ」

 ふと、呼びかけられた声で意識が浮上する。
 数秒を置いてゆっくりと目を開いたナマエは、ハンモックで浮いた自分の顔を真横から眺めてくる相手の顔を見つけて、ぱちりと瞬きをした。

「……おはよう、シャンクス」

 横向きになったままでとりあえずそう声を掛けると、おう、と返事をした相手がにかりと笑う。
 それを見ながらゆっくりとハンモックの上で体を起こし、あまり安定感の無いそこでゆるりと周囲を見回す。

「…………あれ、みんなは?」

「大体全員はもう起きてる」

 ナマエの言葉へそんな風に言い放ち、よく寝てたなァ、と笑ったシャンクスの手が、軽くハンモック越しにナマエの背中を叩いた。
 降りることを促すそれに従って、ナマエが寝床から床へと降り立つ。
 最初の頃は何度か落ちていたが、今ではすっかりハンモックでの睡眠にも慣れたものだった。
 体がまだ少し揺れているような気もするが、すぐに収まるだろう。

「寝坊しちゃった」

「まァ、休養日だしいいだろ」

 ベックも怒らねェよ、と答えたシャンクスの言葉に、そうだといいけど、と軽くナマエも笑う。
 いつもなら持ち回りの見張りや作業の当番があるのが船の上での決まり事だが、昨日から穏やかな春島へたどり着けたことのささやかな祝い事として、数日間の休養が決められたのだ。
 無人島らしい島へ降りて物資の採取をしなくてはならないが、休んでいいという気のゆるみが寝坊に繋がったのだろう。

「幸せそうに寝てるからそのままでもいいかと思ったんだが、いい加減おれが暇だった」

 悪ィな、とまるで悪びれていない様子で寄越された謝罪に、棚から着替えを出したナマエが視線を向ける。

「そんなに幸せそうな顔してた?」

 まるで自覚がないことを言われて、言葉を紡いだ後でその手が自分の顔に触れる。
 しかし、掌に目が付いているわけでもないのだから自分の顔はまるで分からず、少し恥ずかしい気持ちで相手を窺うと、あァ、とシャンクスが自信ありげに頷いた。

「起こす為に頬をつついてやってもニマニマするばかりだったしな」

「頬……」

 寄越された言葉に、夢の中で触られていた頬を軽く抑える。
 どうやら、先ほど見た夢の中には、現実からの干渉があったらしい。
 けれどもきっと、その中にあったほとんどのことは、過去にナマエが体験したことだ。
 あの片腕に抱き上げられたり、その膝に乗せられていた、と言うことを思い出して、先ほどより更に恥ずかしい気持ちになる。
 自分は小さかったのだから、気にしなくても良い筈なのに。

「なんの夢見てたんだ?」

「…………昔の夢、小さいときの」

 ごまかすようにそんな言葉を落として、それより、とすぐさま話を切り替える。
 早く朝ごはんを食べに行こうと誘うと、無理矢理の話題転換に目を丸くしていたシャンクスが、ややおいて頷いた。
 それを見てほっと息を漏らしたナマエが、着替えを手にしてそのまま部屋を出る。

「すぐ顔洗ってくるから! 朝ごはん食べて、それから島に降りよう」

「ああ」

 駆けだすところで『転ぶなよ』とからかうような言葉を寄越されたのは、いつものことだった。







 ナマエの遅い朝食と、シャンクスの早めの昼食を同時に済ませて、二人で揃って船を降りたのは昼頃だった。
 気候の安定した春島は、相変わらずの暖かさだ。

「水場まで行ってみよう。何かいるかも」

 すでに先に降りて『探検』を済ませたらしい他のクルーから聞いた情報を元に目的地を決めて、ナマエが傍らを見やる。
 その頭にはいつもの通り目の醒めるような赤いバンダナが巻かれていて、黒い髪がその端から少しばかり覗いている。
 ナマエの頭に巻いたバンダナとよく似た色の髪をした男が、ナマエの言葉に軽く頷いた。

「猛獣でも出りゃァ、良い土産になる」

「えっ く……熊とか?」

「ここはグランドラインだぞ、ナマエ」

 熊以上のもんがいるかもしれねェだろうと嘯かれて、ナマエはわずかに身を竦めて周囲を窺った。
 穏やかでのどかな春島だが、生い茂る木々の向こうに何がいるかなんて、確かに誰にも分からない。
 疑いを持ってじっと木々の奥の暗がりを見つめたナマエの耳に、わずかに小さく笑い声が届く。

「…………シャンクス」

 それに気付いて顔を向ければ、ナマエの方から顔を逸らした赤髪の男が、必死に笑いをこらえているところだった。
 体すら震えている相手にため息を零して、ナマエが強張っていた体から力を抜く。

「やっぱり、シャンクスは意地悪になったと思う」

 呟く言葉は、ナマエが何度か傍らの相手へ向けて放ったものだった。
 小さな頃は優しくしてくれていたはずなのに、とは思うが、それすらもナマエにとっては遥かに昔のことだ。
 幼い頃のレッド・フォース号の上での思い出は全部が楽しく喜ばしかったことで満ちているが、ひょっとしたら昔からシャンクスは些細な意地悪をしていて、けれどもナマエはそれに気付いてもいなかったのかもしれない。
 むっと眉を寄せたナマエの横で、悪い悪い、とどうにか笑いを引っ込めたらしいシャンクスが言葉を落とす。

「いい反応されると、ついなァ」

「ついって」

「まァまァ、ほら、行こうぜ」

 おかしな言い分に反論しようとしたところを軽く背中を押されて遮られ、ナマエはシャンクスと並んで歩き出した。
 歩いていく途中まではシャンクスの方を見やって眇められていた視線が、ふとした拍子に目の前を横切った蝶につられて離れていく。
 見たことのない模様の羽を揺らした一匹の蝶は、岩と岩の間から生えた花の内の一輪に止まり、呼吸をするようにゆるりとその羽を動かした。
 誘われるようにそちらへナマエが近づくと、やってきた影から逃れるように羽ばたいた蝶が島の奥へと飛んでいく。
 生い茂る茂みへ落ちるようにして消えていった残念そうにそれを見送ってから、屈みこんだナマエは、そのままでちらりとシャンクスの方を見やった。

「シャンクス、これってなんの花かな」

 尋ねたその手が示しているのは、岩と岩の間から生えた花だ。
 同じ種類だろう花がいくつか並んで開いており、白い花弁は根元へ向けて赤く染まっている。
 近寄ったシャンクスがナマエと同じく屈みこんでからその花を眺め、軽く首を傾げた。

「おれァ見たことねェな」

「ベックマンなら知ってるかな?」

 船一番の物知りの名前を出して尋ねたナマエに、どうだろうな、とシャンクスがもう一度首を傾げる。

「船に戻りゃァ、図鑑くらいあったか……?」

「図鑑かァ……うん、じゃああとで調べてみようよ」

 寄越された言葉に頷き、ナマエはひょいと手を伸ばして、花の内の一輪を掴まえた。
 摘み取ろうとするが、茎が太くてうまくちぎれない。
 厚めの花弁が、摘み取ろうとする衝撃を受けてふるりと揺れる。
 わずかに開いた花弁の隙間から透明な蜜が滴り、ナマエの手を少しばかり濡らした。
 それと同時に漂った甘い匂いにナマエがぱちりと瞬きをして、あれ、ともらそうとした声が、どうしてか口から出ない。
 体が急激に重くなり、先ほどたくさん眠ったはずなのに、強烈な眠気がその身に訪れた。
 明らかな異常事態に身を引いた体が、そのまま後ろへ倒れこむ。

「ナマエ!」

 慌てたようなシャンクスの声すらも遠く、意識はそのまま闇の中に沈んだ。







 目が熱い。
 口がわなないて、うまく言葉が出て行かない。
 それでも必死に声を絞り出したのは、そうしなかったらきっと、相手には伝えられないと思ったからだ。
 大きくなったら会いに行く。そんな不確定な約束を必死になって取り付けようとして、嗚咽をこらえながら一種懸命に言葉を紡いだ。

『そしたら、また、ふねに、のせて、ね』

 思い描くのは、海の上を往く一隻。
 その上で潮風を受けて海原に向かい、瞬く星を見た。
 すぐそばには赤い髪の海賊がいて、楽しいと笑えばこちらが心から嬉しくなるような笑顔で『そうか』と言ってくれる。
 レッド・フォースと呼ばれるあの船以上の船をナマエは知らなかったし、あるとも思えなかった。
 だから、消えていく海賊が『待ってるぞ』と言ってくれたことが嬉しくて、それをずっと忘れないでいようと幼い胸に誓ったのだ。
 自分の身に訪れた『奇妙な奇跡』のせいで親にはとてつもなく心配をかけてしまい、周りの騒がしさに何度も住む場所を変えたし、周囲の環境はめまぐるしく変化したが、ナマエは約束を忘れなかった。
 将来の夢に『海賊』なんて書いて微笑ましいと言われたのは小学校低学年までで、周りの反応の変化に合わせていくらか書き込む文字は変えても、会いたい人に会いに行くという意思は曲げなかった。
 だから、生まれ育った場所ではなかった『会いに行く方法』を見つけた時はとてつもなく嬉しかったし、自分の今までの人生とその『機会』を秤に掛けて、それでもただ一人のことを選んだのだ。
 もはや声すらほとんど遠ざかってしまった、それでも何度も繰り返し思い出して覚えていた、目に鮮やかな赤を見つける為に。

『『ハジメマシテ』の挨拶をしてるだけだろうが。なあ、兄ちゃん?』

 だからこそ、あの言葉はとても痛かった。
 どうして胸がつぶれそうな気持ちになったのか、すぐには分からないくらいに、ひどく痛んだ。







「シャン、クス」

 自分の口から漏れた声で、ナマエは意識を覚醒させた。
 ゆるりと開いた先に見える天井は、いつも寝るあの大部屋とは違う。
 幾度か瞬きをして、ここが医務室だと分かってすぐに息を零す。
 まるで強い酒を舐めさせられた時のように頭が少しばかり痛んで、眉間にしわを寄せながらベッドの上で寝がえりを打ったところで、自分のすぐそばに鮮やかな赤毛があることに気が付いた。

「……シャンクス?」

 自分の片腕を枕にして、ベッドに顔を伏せるようにして眠り込んでいるのは、誰がどう見ても赤髪海賊団の船長だ。
 戸惑いつつ起き上がって、改めてナマエの眼が周囲を確認する。
 カンテラで照らされた部屋は薄暗く、どうやら夜遅い時間であることが分かった。いつもならいる船医がいないが、やはり間違いなくここはレッド・フォース号の医務室だ。
 何があったのかと考えてみるが、船を降りて島を少し歩いた後の記憶がない。
 確かあの時ナマエは見たことのない花を見つけて、気になったから一輪だけ摘んでいくつもりだったのだ。
 そうして、滴った花の蜜の香りを嗅いですぐに倒れたことまで思い出して、ナマエの視線が自分の片手へ向かう。
 引き寄せた手のあたりを軽く嗅いでみるが、甘い匂いはしなかった。丁寧に拭かれたのかもしれない。
 おかしな花に触って昏倒したのだとすれば、これはもう間違いなくナマエが悪い。
 きっと、シャンクスがあの場から船へとナマエをつれて帰ったのだろう。
 迷惑を掛けたのが申し訳なく、手間を掛けさせたのが恥ずかしい。
 まだ頭は痛いが、少しだけ身じろいだナマエは、自分のうえにかけられていた毛布をひょいと剥いだ。
 二枚も重ねられていたそれの内の一枚を、ふわりとベッドわきの椅子に座り込む海賊へと掛ける。

「……ん……」

 体に重みがかかったことで意識が浮上したのか、シャンクスがもぞりと身じろぐ。
 丁寧に肩口へ織り込むようにしてナマエが毛布をかけると、それをうけて片手で毛布を掴まえたシャンクスが、少しばかり顔をあげた。

「……ナマエ?」

「おはよう。ごめんなさい、変なのに触って」

 ナマエが謝罪をした先で、数回瞬きをした後で体を起こしたシャンクスが、改めてナマエを見つめた。
 それから数秒を置いて、はァ、と大きくため息を落とす。

「全く、心配させやがって」

 起きてよかった、と言葉を重ねられて、何があったのかとナマエはシャンクスへ尋ねた。
 立ち上がり、自分に掛けられた毛布を片手で持ち直したシャンクスが、その腰をベッドへと落ち着ける。
 ぎしりとベッドが軋み、それに気付いて移動したナマエは、シャンクスとならんで座るような格好になった。
 それを見てから動いたシャンクスの手が、自分の膝とナマエの膝の両方を覆うように、手元の毛布を広げる。

「お前が触ってたあの花、睡眠薬を作る花の亜種らしい」

「睡眠薬……」

「花はともかく、蜜に触るのは不味いんだと」

 寄越された言葉にそうなのかと頷いて、ナマエの目がてもとを見下ろす。
 もはや甘い匂いの欠片もしないその手は、確かにあの時、花弁から漏れた雫が滴っていた。

「シャンクスは大丈夫だった?」

 そっと手を降ろしてナマエが傍らに尋ねると、ああ、とシャンクスが言葉を返す。
 倒れたナマエをその片腕で支えた後、何かあると判断したシャンクスは、素手で蜜へ触らないように気を付けたらしい。
 さすがシャンクスだとそれに相槌を打って、ごめんなさい、とナマエはもう一度傍らの相手へ謝る。

「二回も謝られるようなことか?」

「だって、せっかく島に降りたのに」

 昼間だったはずなのに、起きた時にはもう夜だ。
 せっかくの休養日を無駄に過ごしたというのは何とも歯がゆい。
 ナマエが倒れているだけならともかく、きっとシャンクスの一日も潰してしまったのだろう。
 しょんぼりと肩を落としたナマエの横で、やれやれ、と肩を竦めたシャンクスが言葉を零す。

「初めてのもんに興味を持って手を出すのは分かってた。気を付けろと注意するのを忘れてたおれにも責任がある……」

「シャンクスは悪くないと思う」

「と、ベックに怒られた」

「ええ……」

 自分のせいで傍らの男が叱られたと知って、ナマエはますます困った顔をした。
 眉を下げて傍らを見やると、自分の方を見たナマエと目を合わせたシャンクスが、軽く眉を上げる。
 にやりと笑った後、その片腕がナマエの肩に回され、ナマエを自分の方へ引き寄せるようにしたシャンクスは、その後でばしばしと軽くナマエの肩口を叩いた。

「実際、おれも悪かっただろう。一緒に出掛けたし、おれの方が偉大なる航路にいる期間は長いんだ。おかしな目にだってたくさん遭ってるしな」

 気を配るべきだった、と言葉を重ねられて、俺が気を付ければよかったんだよ、とナマエはそれに反論した。

「小さな子供じゃないんだから、自己責任だ」

 親や大人に守られるべきだった時間は、もはやはるかに遠い。
 ナマエと『この世界』の時間の流れは極端に違うらしく、どうにもまだシャンクス達からは子供扱いを受けることがある気もするが、ナマエだって立派な大人のつもりなのだ。
 全部自分できちんと選んで、今こうしてレッド・フォース号に乗っている。
 眉を寄せ、むっと顔をしかめたナマエの横で、まァなァ、とシャンクスが声を漏らす。

「昔に比べりゃあでかくなったよな。連れて帰るのはちィっと骨だった」

「……どうやって連れて帰ったの?」

 あの場で昏倒したとして、シャンクスはナマエを引きずって帰ったのだろうか。
 それとも誰かを呼んだのか、と考えてナマエが尋ねると、その言葉ににまりと笑ったシャンクスが、ナマエの背中側に回していた手を滑らせた。

「そりゃまァ、こうやって」

「わっ!」

 ぐい、と体を引き寄せられ、ナマエの口から悲鳴が漏れる。
 その体がそのままシャンクスの上へと乗りあげる格好になり、シャンクスの片腕がそのままナマエの体を捕まえた。
 膝の少し上のあたりを掴まれ、ナマエの腹がシャンクスの肩にあたる。
 頭が少しばかり下になる格好にされて目を白黒させたナマエは、目の前のベッドが遠くなったことに驚いて、びくりと体を強張らせた。

「そんでまァ、こう」

 ナマエを片手でかかえたままでベッドから立ち上がり、足元に落ちた毛布をそのままにこつこつと数歩を歩いたシャンクスが、ゆっくりとターンをしてベッドへ戻る。

「よっと」

 そうしてそのまま、少し乱暴にベッドの上へと落とされて、ナマエの背中がベッドへ触れた。

「び……びっくり、した」

 片手を自分の胸元に添えて、ベッドへ転がされたナマエがそう訴えると、満足そうに笑ったシャンクスの手がぽんぽんとナマエの体を叩く。

「昔はもっと簡単に持ち上げられたのになァ」

 遠い日を懐かしむように言葉を放ち、その手がナマエの上へ毛布を引き上げる。
 落とした毛布まで埃を払ってから同じようにされて、明らかな子供扱いに、ナマエは不満げな視線を相手へ向けた。
 それを受け止め、もう一度ベッドの端へ座りなおしたシャンクスの手が、軽くナマエの髪を梳く。
 赤く染めていた部分はすべていなくなり、すっかり元の黒髪に戻ったナマエの髪が、さらりと揺れた。

「とりあえず、朝までは寝てろ。明日の朝一で診察だ。体調が万全だって確認できなきゃ船からは降ろさねェぞ」

「……分かった」

「よし」

 言葉を落とされて返事をしたナマエに、頷いたシャンクスの手が頭から離れる。
 触れていた温もりが消えていくことに、ナマエは毛布の下でもぞりと身じろいだ。
 毛布の端から覗かせた指でシーツを掻くと、それを見たらしいシャンクスが、少しばかり笑う。

「なんだ、寂しいか?」

 寝るまで一緒にいてやろうか、と続いた声音は、明らかにからかいの混じったものだった。
 幼かったナマエにとてつもなく優しかったシャンクスは、いつの間にやら意地悪になってしまっていた。
 もしかしたら小さかったナマエにだって似たような意地悪をしていたのかもしれないが、ナマエは覚えていない。
 それに、ひょっとしたらシャンクスが意地悪を言うのは、ナマエが見た目だけでも大人になっているからかもしれない。
 そんなことを考えながら、ベッドのシーツへ頭をこすり付けるようにして、ナマエがひとつ頷く。
 寄越された返事に、シャンクスは少しばかり目を丸くした。
 驚いたような顔をする相手を見上げて、もぞもぞとシーツを掻くように手を動かしたナマエが、とん、とシャンクスの体に触れる。
 寄越された刺激にふっとその顔から驚きや戸惑いを消して、身じろいだシャンクスの手が毛布から出ていたナマエの指を捕まえた。

「全く、仕方ねェなァ」

 まるでそんな風に思っていないのが分かる声を出して、ナマエの指がやさしい温もりに包まれる。
 そのことに、ナマエはほっと息を吐いた。
 自分より少し大きなその掌が優しくて温かく、そして何よりも頼りになる人間のものだということを、ナマエは知っている。
 一緒にいられるだけで充分だと、そう実感できるくらいに、その温もりは大切なものだった。
 どこかにあった痛みが溶けていくような感覚を受けて、ベッドに転がったままじっとシャンクスの方を見ていた目が、ゆっくりと閉じていく。
 まだ花の蜜の効果があったのか、たくさん眠っているはずなのにゆるりと訪れた睡魔を受け入れて、ナマエはそのまま眠りの中へと落ちていった。

「…………本当に、仕方ねェなァ」

 落ちた声と共に触れていた温もりが動き、指を絡めるように手を握りなおされた気がしたが、もしかしたらそれは、夢の中での出来事だったかもしれなかった。



end


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