大好きなので仕方ない (1/5)
※短編『素敵すぎて恥ずかしい』の続編
※名無しモブが多数発生につき注意
※幼児主人公→青年主人公
※青年期の割に泣き虫っぽい主人公につき注意
シャンクスがナマエを『元いた場所』へ送り届けることが出来たのは、偉大なる航路の中でも特に稀有な事象が起きる島でのことだった。
ベックマンの考察によれば、どうやらナマエは『異世界』から来た子供であったらしい。
通りでどこを探しても故郷が見つからない筈だと笑ったシャンクスが、その目でのどかな風景を見やる。
「ここがお前のいたところか、ナマエ」
「……うん、ぼくのほいくえん」
金網の向こうで騒ぐ同じ年頃の子供らを指差して、ナマエが頷く。
そうかとそれへ返事をして、シャンクスは抱えていたナマエをそっと体から離した。
「おいおい、やっと帰れるのに、そんな顔をするもんじゃない」
困ったように笑ったシャンクスが見やった先で、ナマエは顔をくしゃくしゃにゆがめていた。
丸くて大きなその目には涙すら浮かんでいて、原因が分からなければ、シャンクスは彼を慰める為にあれこれと言葉を投げていたに違いない。
しかし今のシャンクスには時間が無かった。
『ナマエの世界』とは違う世界に生きるシャンクスの体が、この世界にいられる時間は随分と短いのだ。うっすらと透け始めたその腕に引きずられるように、ナマエの体も透けていっているのが分かる。
今のシャンクスとナマエは『この世界』の住人の目に映らないらしく、そして恐らくこのままいけば、シャンクスはナマエを連れて偉大なる航路のあの島へと戻るだろう。
それが分かっているからこそ、シャンクスの片腕がナマエを足元へと降ろすと、泣き出しそうな顔でシャンクスを見上げたナマエは、それでも伸ばしかけた手をそっと降ろした。
シャンクスから離れれば、その小さな体が透けるのをやめ、ゆるゆると色を取り戻していく。
やっぱりお前はここの人間なんだなとしみじみ呟いて、シャンクスは足元の子供へ笑顔を向けた。
「どうせなら、おれに笑顔を見せてくれ。一番最後に覚えておくんなら、泣き顔より笑顔の方がいいだろう?」
にかりと笑って言葉を落とせば、ひく、と嗚咽を漏らしたナマエが、ごし、とその顔を小さな腕で擦る。
それからすぐに顔を上げて、涙で睫毛も頬も濡らしたまま、笑おうとして失敗しわなないた口が、シャンクス、と赤髪の彼の名前を呼んだ。
「ぼく、ぼく、シャンクスと、みんなといっしょ、たの、たのっ」
「ああ、おれも楽しかったぜ、ナマエ」
涙交じりの言葉を聞いて、微笑んだシャンクスも言葉を返す。
ひぐ、とさらに涙をこらえた息を漏らして、ナマエの両手が堪えるように自分の服を掴まえた。
うるうると涙を浮かべて、それでも泣き声を必死になってこらえようとするナマエの体がその背景ごとうっすら白み、それに目を瞬かせたシャンクスが、自分の体を見やってすぐにどういうことかを理解する。
シャンクスの体が更に透け始めているのは、シャンクスがもう『この世界』を去ってしまうという合図だろう。
ナマエにもそれが分かったのか、更に泣き出しそうになりながら、小さな口が必死になって言葉を紡いだ。
「おっきく、なったら、あいにいく、から、だから、そしたら、また、」
ふねにのせてね、と零れた涙交じりのそれに、確証など有りはしない。
シャンクス達が見つけた方法は一方通行で、数十年に一度と言う奇跡的なタイミングがあってこそ成しえたことだった。
ナマエ自身もどうしてシャンクス達のもとへ来たのか分からないのだから、同じ行動をとることなど出来ないだろう。
けれども子供の言葉を否定せず、『ああ、待ってるぞ』と答えたシャンクスの目の前が真っ白になったのは、それからほんの一度の瞬きの間で。
あいつにちゃんと聞こえただろうかと、酒盛りの場でたまにその名が話題に出るたび、シャンクスはぼんやりとそんなことを考えていた。
※
レッド・フォース号から小さな子供の姿が無くなって、五年が経った。
それなりに名を上げた赤髪海賊団は、海賊らしく自由気ままに偉大なる航路を行き来している。
その日もあまり名前の知られていない島へと辿り着いたところで、小さな港町は金を落とす『行儀の良い』海賊団を歓迎してくれているようだった。
「今日は酒だな、ベック」
「いつだって飲んでるだろうが」
夕食時を過ぎ、酒場を指差して笑ったシャンクスに、ベックマンがため息を零す。
それでも歩き出したシャンクスを引き止めることなく、他の仲間達の何人かも誘ってシャンクスの後をついてきた。
気分よくシャンクスの手が酒場を押し開いて、いらっしゃいませ、と店内の店員が声を掛ける。
ベックマンが広めの席を所望するのを耳にしながら何となく店内を見回したシャンクスが目を丸くしたのは、どうやら先客だったらしい青年を見つけたからだった。
小さなテーブル席に席を得ているその青年は、名の売れたシャンクスを見て賞金首だと分かったのだろう、シャンクスを見つめてぱちりと目を丸く見開いている。
歳の頃からしてシャンクスより幾分か年下で、その体が少し日に焼けているように見えるのは、彼が船乗りだからだろうか。
シャンクスの目を引いたのは、彼の体つきでもその表情でも無く、その髪だった。
前髪で眉の隠れたその髪が、シャンクスと似たような赤を宿しているのである。
あまり見ないその色に少しばかりの親近感を持って、にかりとシャンクスの顔が笑みを浮かべた。
「よォ、兄ちゃん。おれに用か?」
ずかずかと相手へ近寄って声を掛ければ、え、と赤毛の彼が声を漏らす。
その目が戸惑い交じりにシャンクスを見上げて、片手にフォークを掴んだまま、その唇がわずかに震えて言葉を零した。
「……あの、俺のこと、」
「何よそ様に絡んでるんだ、アンタは」
恐る恐ると紡がれたその言葉を遮るように、シャンクスの背中へ声が掛かる。
それを聞いて振り向けば、席へと案内されたらしいベックマンが、こいこいとシャンクスを軽く手招いていた。ちょうど一席空いているそちらを見やり、別に絡んでねえよとシャンクスが軽く笑う。
「『ハジメマシテ』の挨拶をしてるだけだろうが。なあ、兄ちゃん?」
楽しげに言葉を紡いでから、シャンクスの目が座っている赤毛の青年へと向けられる。
そしてそこでぱちりと目が瞬いたのは、シャンクスを見上げて座り込んでいた赤毛の彼が、どうしてか先ほどよりその目を見開き、それからすぐに目を伏せて、がたりと勢いよく立ち上がったからだった。
「お、おい?」
「……すみません、俺、用事があるので」
シャンクスに目を合わさないまま口早に言葉を紡いで、青年が食器もそのままにその場から離れる。
シャンクスの傍を通らないよう気を配った足取りでカウンターへ行き、店員へベリーを渡してそのまま店を出て行ってしまった背中を見送って、シャンクスは軽く頭を掻いた。
ちらりと見やった皿の上には、まだ随分な量の食事が残っている。
「……食事の邪魔しちまったみてェだ」
「絡んでるからだ」
「あーあ、怖がらせちまった!」
頭を掻きつつ仲間達の所へ戻れば、何人かがけらけらと笑ってそんな言葉を投げてくる。
それを聞き、怖がらせるつもりは無かったんだがなあと呟きながらシャンクスが椅子へ座ると、傍らにいたベックマンが頼んだらしい酒を開けてシャンクスへと差し出した。
「で、今の奴の何が気に入ったんだ?」
煙草を咥えつつの言葉に、ああ、と声を漏らしながらシャンクスの手が酒瓶を受け取る。
「あんまり見ねえ色だったろう?」
髪が、と続けて笑うシャンクスに、ちらりと先ほどの青年が出て行った扉を見やったベックマンが、すぐに肩を竦めて目を逸らした。
「おれ達ァ似たような色を毎日見てるからな、そう珍しくもねェ」
「だっはっは! そりゃそうだ」
どうでもよさそうに告げた言葉に笑い声を零して、シャンクスの口に酒瓶が押し当てられる。
その視界の端をちらりと自分の赤毛が過って、それと共に思い浮かべた先ほどの青年に、それにしても、と胸の内で小さく呟いた。
目を伏せた時の少しばかり泣きそうな顔を、どこかで見たことがあるような気がするのだ。
わずかに過る既視感に、首を傾げつつ酒を呷る。
喉へ流れ込んだ酒の熱が胃に落ちていき、やがてふわりといい気分になったシャンクスの中の小さな疑問は、穏やかなそれらに紛れてすぐに分からなくなってしまった。
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