素敵すぎて恥ずかしい (1/2)
※無知識トリップ幼児と赤髪のシャンクス
シャンクスがその子供を拾ってしまったのは、そうしなければ恐らく、空中に突然現れたその子供はそのままグランドラインの海へ沈み、海王類の餌になってしまいかねなかったからだった。
乗り出していた身を縮め、伸ばした手で掴んだ体を船の上で手放せば、ぽとり、と小さな体がシャンクスの目の前に落ちる。
上流階級の人間のように柔らかで荒れのない手や足をしたその子供は、とても驚いたようにシャンクスを見上げていた。
丸い瞳を更に丸く見開いて、もしや目玉が零れて落ちてしまうのではないかとおかしな心配までしかけたほどだ。
ルフィより小さいな、なんて思わず呟いたシャンクスの脳裏に、もう何年も前に東の海で別れた少年の顔が思い浮かぶ。
もちろんあれから何年も経っているのだから『ルフィ』だってもっと成長しているのだろうが、手紙のやり取りもしていないシャンクスにとっては、彼はあの頃のままだった。
シャンクスや仲間達と親睦を深め、海賊なるんだと言い、シャンクスからあの麦わら帽子を受け取ったあの時の彼より幼く見える子供が、困惑したようにきょろりと周囲を見回している。
戸惑いに溢れたその顔に、シャンクスは子供が自らこの場所に来たわけではないと判断した。
まだ子供から何も聞き取っていないのだから殆ど直感に近いものだが、シャンクスのそれが外れたことは殆ど無い。
それなりの広さを保つレッド・フォースの端で、先ほどまで昼寝をするつもりだったのを諦めたシャンクスが、座り込んだ子供の前へと屈みこむ。
「……よう、坊主。名前は言えるか?」
見た目からして空島の人間でも無いらしい子供へシャンクスが訊ねると、きょろきょろと周囲を見回していた子供の顔が、改めてシャンクスへと向けられる。
少しだけ困ったような顔をして、それからうるりとその目に涙を浮かべて、ふる、とその唇が震えてわなないた。
「あ、おい」
「ふ、ぅ、ええええん!」
そうして放たれた子供の泣き声に、慌ててシャンクスが子供の頭を撫でる。
けれどもシャンクスの掌では子供を慰め切ることはできず、いやいやと頭を横に振った子供の目から溢れた涙が、丸い頬をなぞって落ちた。
ぼたぼたと雫を垂れ流しながら、おかあさん、と子供が自分の母親を呼ぶ。
「おいおい、そう泣くなって。な?」
耳を攻撃する喚きに困ったような声を漏らしながら、シャンクスはよしよしと子供の頭を撫でた。
両腕が揃っていたなら抱き上げてやるところだが、片腕しかないシャンクスがそれをやって子供が暴れたら、今度はひっくり返して転ばせかねない。
痛い思いをしたら余計に泣くだろうと思うと、実行に移すことも出来なかった。
海賊船に不似合いな泣き声に引き寄せられてか、甲板を歩く足音が聞こえ、振り向いたシャンクスの視界にやってきたベックマンの姿が入り込む。
何の騒ぎだ、と言葉を零して煙草の煙を吐いたベックマンが、シャンクスの目の前にしゃがみ込む子供の姿を捉えて珍しく少しだけ目を見開いた。
それから、すぐにその視線をシャンクスに注いで、ふう、と白く長い煙を吐き出す。
「……どこから攫ってきたんだ?」
海賊に言うにはもっともな台詞なのかもしれないが、酷い言いようだとシャンクスは思った。
※
ぎゃんぎゃん泣いていた子供がどうにか落ち着き、ひぐひぐと嗚咽を漏らしながらそれでも『ナマエ』と名乗ったのは、グランドラインの海に夜が訪れようとした頃のことだった。
奇妙な闖入者を前に最初は騒然としていたクルー達も、まあここはグランドラインだからな、の一言で全てを片付けてしまった。
最初にそれを言ったのがシャンクスだったからかもしれないが、海賊らしく陽気な彼らは、細かいことを気にしない。
一人真剣な顔をしていたベックマンが子供にこの船が海賊船であることを教えると、子供はフーシャ村で出会ったあの小さな彼のようにその目を輝かせ、忙しなく周囲を観察し始めた。
自分がどうしてここへきてしまったのかも分からない筈だが、恐らく今は『帰ること』よりも『本物の海賊船』にその興味が移っているのだろう。
「よし、ナマエ。おれ達の船を案内してやろう」
「ほんと!」
酒を飲み始めた仲間達を横目にシャンクスが誘えばすぐに嬉しそうな声を上げて、子供がシャンクスの方へと近寄ってくる。
ああ、とそれへ返事をして、シャンクスはすぐに立ち上がった。
ついてくるように言って歩き出せば、他のどのクルーよりも体重の軽い足音がシャンクスの後ろに続いてくる。
視界の端でベックマンがもの言いたげな視線をシャンクスへと向けていたが、シャンクスが軽く笑うとすぐにその目が逸らされた。
このグランドラインには数多の能力者がいて、小さな子供になることが出来る人間もいるという話だから、少しナマエを警戒しているのだろう。
それが分かって小さく笑ったシャンクスの上着を、くい、と傍らの子供が軽く引っ張る。
「ねー、ね、これなに?」
「ん? ああ、それは砲台だな」
問われた言葉にシャンクスが返事をすると、ほーだい、と言葉を繰り返したナマエがしげしげと船に取り付けられた武器を眺めた。
火薬があるから近付くのは駄目だとシャンクスが言えば、それ以上先には歩いて行こうとしない。
「次に行くか、ナマエ」
「うん!」
素直な子供を連れて入り込んだ、シャンクス達にとっては日常の一部である船の中は、どこから来たのかも分からない子供にとってはすべてが未知の物であるらしかった。
ハンモックにすら目を輝かせる子供に笑って、シャンクスの手が子供をひょいと抱き上げる。
泣きわめいていた時と違って、大人しくシャンクスの腕に抱かれた子供をハンモックの上へと乗せると、布製のそれに驚いたように身を強張らせた子供が、もぞもぞと寝具の中で身じろいだ。
「すごい、これ、ゆらゆらする」
「ナマエには少し高いなァ」
寝相次第では下に落ちてしまいそうだと判断して、シャンクスは軽く笑った。
言われた言葉に、ハンモックの上から下をのぞき込んだナマエが、きゅっと眉を寄せて不安そうにシャンクスを見やる。
「……ん!」
それからそんな風に声を漏らして両手を伸ばされて、救助を求められたシャンクスの手がもう一度子供を抱き上げた。
シャンクスの片腕の上に座り込んだ子供が、両手でぎゅっとシャンクスの体に抱きつく。
「何だ、怖かったか?」
「……んーん」
シャンクスが問いかけると、子供はふるりと首を横に振った。
髪がこすれる感触のくすぐったさと分かりやすい子供の様子に笑い声を零して、シャンクスがそのまま歩き出す。
降ろそうとしないシャンクスに抵抗することなく、子供はその身をシャンクスの腕に任せて船内の残りを観光した。
一番最後に辿り着いたのは船尾のデッキで、シャンクスが一番初めにナマエを見つけた場所だ。
「ここで最後だな」
「おわり?」
「ああ、終わりだ」
問われて頷いたシャンクスが、デッキの端に座り込む。
すでに真上は満天の星空で、グランドラインにしては珍しく海も凪いでいた。
座った膝の上に子供を降ろすと、ナマエの小さな手がシャンクスの服を掴まえる。
不安そうなその顔が、きょろきょろとデッキの上を見回していた。
何かを探すようなその様子に、シャンクスの片手がナマエの頭を撫でる。
「悪いな、ナマエ。おれ達はお前を今すぐ家に帰してやることが出来ない」
母親を求めて泣きわめくような幼い子供なのだ。
きっとその母親も、家でナマエの不在を嘆いていることだろう。ナマエが温かく平穏な場所で育ったらしいということは、その姿形で簡単に分かる。
囁くようなシャンクスの声に、ナマエがちらりとシャンクスを見やった。
デッキの端に置かれたランタンに照らされたその顔は、昼間の時のように泣きわめく様子はないものの、不安に彩られたものだった。
かえれないの、と小さな声で問いかけられて、シャンクスの手が軽くナマエの頬に添えられる。
「そんな顔するな。必ず『帰る』方法を見つけてやるから」
自分の『家』があった島の名前すら知らないナマエの『家』を捜すと言うことは、かなり困難であることはシャンクスにも分かっていた。
手がかりは『ホイクエン』や『てれび』、『デンシャ』のような、ナマエが口にしたその単語程度だ。
しかしそれがどれだけ難しいことであっても、出来るまでやるだけなのだから、出来ないわけがない。
そばにベックマンがいたとしたら『簡単に言うな』と顔をしかめそうな言葉を零して、シャンクスはその顔に微笑みを浮かべた。
「だから、そんなに悲しい顔をするな」
泣いているより笑ってる方が楽しいぞと言葉を続けて頬をくすぐると、むずがるように肩をすくめてシャンクスの手から逃げ出したナマエが、シャンクスの膝に座ったままで眉を寄せた。
困ったようなその顔でじっとシャンクスの顔を見つめて、それから恐る恐ると言った風に言葉を零す。
「……そのあいだは、おじさんがいっしょにいてくれる?」
「おじ……」
寄越された台詞が、シャンクスのどこかにぐさりと突き刺さった。
そんなに歳をとっただろうかと少しだけ考えて、すぐにその思考を破棄したシャンクスの手が、よしよしとナマエの頭を撫でる。
「ああもちろんだ。おれ達が守ってやる」
本当ならどこかの島に置いてきた方がいいのだろうが、身寄りもないナマエを任せることが出来る島がこのグランドラインにあるのかどうかも、シャンクスには分からなった。
人攫いに人売りまで闊歩している海なのだから、一人にした方が危険である可能性の方が高いだろう。関わった人間がそんな目に遭って死んでいくことを良しとするほど、シャンクスも極悪非道にはなれていない。
「だからナマエ、おれのことはシャンクスと呼んでくれ」
「しゃんくす?」
囁いたシャンクスの言葉を繰り返した素直な子供に、そうだ、と答えたシャンクスが笑った。
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