もう暫くは、そのままで
※『拾得希望』と『誕生日企画2015』の続編
※主人公は無知識トリップ主
※少年マルコ捏造
※名無しのオリキャラクルー出現注意
『マルコ』と言う名前の子供を本人からの希望で拾い、二人で旅をしたのは数えてみれば一年にも満たない期間だった。
その間に盗賊に襲われてみたり怪我をしてみたり攫われてみたり、連れていかれたマルコを探し回ってどうにか助け出すついでに一緒に連れ出した怪我人が海賊だったりして、そのまま一緒に逃げた流れで俺達まで『海賊』になったのは、つい半月前のことだ。
怪我人に『オヤジ』と呼ばれた大男が『白ひげ』と呼ばれる海賊だったことはさすがに手配書で知っていたが、まさか船に乗せてもらえるとは思わなかったので驚いた。
大体のクルーがあの船長を『オヤジ』と呼ぶが、別に血縁があるわけじゃないらしい。確かに、あまり似ている人間は見当たらない。
「ナマエ! これみろよい!」
バタバタと足音を立てて駆けてきた相手に、なんだと作業の手を止めて視線を向けた。
きらきらと瞳を輝かせた子供が、両手で頭の上に何かを掲げている。
両手で支えられたそれが大きな果物のようなものだと気付いて、おや、と首を傾げた。
「どうしたんだ、それ」
「みやげだって、もらったよい!」
言葉の後ろにその『土産』をくれたらしい『仲間』の名前を続けて、嬉しそうに近寄ってきたマルコが俺を見上げる。
頭上の物の重さで後ろに傾きそうな姿に気付いて片手で持ち上げているものを抑えてやりながら、へえ、と俺は声を漏らした。
見下ろした先の少年は、今やすっかり健康そのものと言った体つきをしていた。
俺と一緒に過ごしていた一年未満の間よりも、この船に乗ってからの間でのほうが、間違いなく健康な生活をしているのだから仕方ないだろう。
大所帯なこの船の上では、水でごまかしたすきっ腹を抱えて一緒に眠る必要も、雨や風に震えながら身を寄せ合って耐える必要もない。
ましてやきちんと着替えをすることもでき、毎日風呂に入れるとは言わなくても、随分と身ぎれいにすることが出来るようになった。とても衛生的だ。
「しかし、なんて果物だ?」
「ん? んーっと……フルーツよい」
「そりゃァ果物だからな」
寄越された『土産』の名前をど忘れしたのか、少しばかり唸ってから寄越された言葉に、とりあえず返事をする。
掌で触れた感触からして、どうやら随分と皮の厚い品のようだ。
剥いてやるのは大変そうだなと考えつつ、どのあたりから手を出そうか考えていると、すい、とマルコが身を引いた。
「むいてもらってくる!」
そうして嬉しそうに言葉を放って、大きな果物を持ち上げた子供が俺の手元から離れていく。
見せびらかすだけ見せびらかして去って行ったその小さな背中を見送って、思わずぱちりと瞬きをしてから、浮かせたままだった手を降ろした。
船内へ入っていったということは、キッチンの方へでも向かったんだろう。
そのあたりに常駐しているのは、料理の得意な船員達だ。
この船の船員達は俺より随分と力があるので、難なくあの果物を食べられる状態にしてくれるに違いないし、何なら生で食べるよりもうまく加工してくれるかもしれない。
「…………」
駆けていった子供の選択は正しいのだが、二人だけで歩き回っていたころに手に入れたものだったなら、きっと『むいてくれ』と頼まれたに違いないものだった。
それが分かるだけに、なんとも言えない寂しさを感じる。
たった一年足らず一緒に過ごしただけだというのに、人間と言うのは不思議な生き物だ。
「何難しい顔をしてんだよ、ナマエ」
作業の手が止まってんぞ、と声を掛けられて、思わず声の方を見やった。
俺と同じ作業をしていた『仲間』の一人が、縄を掛けた後の樽の一つに肘をついて頬杖をついている。
どう見ても俺がやるべき分まで進んでいる仕事に、悪い、と声を漏らしてから先ほど手放してしまった縄を拾い上げて、まだ縄の掛けられていない樽へ近寄り、屈みこんで目の前のものへと縄を巻き付ける。
「お前もマルコも、結構早く船に馴染んだなァ」
マルコとの会話はすっかり聞こえていたのか、あいつが土産を持ってくるなんて珍しいぜと言って笑う相手に、そうなのか、と相槌を打つ。
確かに、マルコはかなり船に馴染んだようだった。
小さい子供が珍しいのか、いろんな『仲間』達がマルコを構っているのは知っている。
最初の頃は俺の後ろをずっとついて歩いていたマルコも、今じゃすっかり姿の見えないところへ行ってしまうようになった。
そういえば、マルコはただの不思議な体質ではなく、『悪魔の実』とやらの能力者らしい。
まるで漫画か小説のような話だが、目の前で火の鳥に変わられてとてつもなく驚いたし、困惑して慌てる俺と小さな火の鳥を笑い飛ばし、『知識』を教えてくれたのも『仲間』達だ。
そんなことを思い返した俺の前で、俺の作業を眺めている『仲間』がそういや、と声を漏らす。
「ナマエ、お前、いつだったか人魚が見てみたいって言ってたよな」
「ん? ああ」
寄越された言葉に答えながら、教えられたとおりにロープを結んだ。
並ぶ大きな樽達は、全部『今度の船』に積まれる荷物達だ。
なんでも、大所帯なこの船の『分船』が新しく出来るらしい。
コーティングしたという話をどこかで聞いたので、つやつやに光る鉄の船でもやってくるのかもしれない。
「この荷物運ぶ時、一緒に向こうの船に乗るか? あっちの方は人魚にも会いやすいんだよ、リュウグウ王国にも行くしよ」
「リュウグウ……?」
なんだかどことなく亀を助けた男に出会えそうな国名だ。
おれも行くぜ、とにかりと笑って寄越された言葉に、少し考えながら次の樽へと縄を掛ける。
行先の様子がまるで想像が出来ない俺を置いてけぼりにして、まァでも、と声を漏らした『仲間』が腕を組んだ。
「船の行き先が行き先だから、心配ならマルコの奴は置いてった方がいいかもしれねェが」
「そんな危ねェところに行くのか?」
まさかそんなところに俺を誘っているのかと思わず窺うと、いやいやそうじゃねェけど、と『仲間』が笑う。
「海の中に入るからよ。あいつ水嫌いだろ」
風呂でも騒いでたじゃねェかと続いた言葉に、は、と思わず間抜けな声が漏れた。
海の中とは、どういう意味か。
思わずロープを片手で持ち直して、空いた手の指先を自分の足元へ向ける。
俺の足元を支える甲板ではなく、それよりもはるかに『下』を指差す形になった俺の意図をきちんと読んだのか、俺の姿を見つめた『仲間』がこくりと一つ頷いた。
「……新しい船は潜水艦か?」
「いや? コーティング船だ」
シャボンディ諸島も近いしなと続ける『仲間』の言葉の意味はよく分からないが、どうやら新しい船は、海の中を行くことの出来る船であるらしい。
それは、なんとも心惹かれる乗り物だ。
そして確かに、マルコを連れて行くのは考えものだろう。
俺が『拾った』あの小さな子供は、水が嫌いだった。
湯船には漬かりたくないというし、どんな浅瀬でも海には入らない。
『悪魔の実』の能力者は大体そんなものだと『仲間』達が笑っていたが、多分いつだったか川で溺れかけたのがいくらかのトラウマになっているんじゃないかと思っている。
どうにか助けたし、後遺症もなく元気に今もマルコはあちこちを駆け回っているが、怖いものは怖い筈だ。
「………………そうだなァ……」
とりあえず両手の動きを再開してから、少しばかり考えた後で、俺はロープをきつく結びつけた。
「マルコが大丈夫なら、別行動をしても」
「だめよい!」
いいか、と続ける前に短く悲鳴じみた声が上がって、ついでどすりと背中に強烈な体当たりを食らう。
体が前に傾き、思い切り目の前の樽に頭突きを入れる格好になった俺は、衝撃で噛んだ舌先の痛みに眉を寄せつつ、とりあえず後ろを見やった。
「……マルコ、お前な……」
いつの間に戻ってきたのか、人に体当たりをしてきた子供が、俺の背中に張り付いている。
首をねじった先でこちらを見上げる子供の目とかち合い、そこに宿る怒りに似た感情に『怒りてェのはこっちの方だ』と唸りつつ、とりあえず後ろの子供を掴まえた。
逃げようとする体を掴んでずるりと前へ回しながら立ち上がると、暴れた子供の足が俺の腕や足を蹴る。
危険すぎるそれをどうにかいなし、最終的にその足がこれ以上人を蹴らないように両足をまとめて小脇に抱え込む形で横向きにすると、マルコは吊り上げた魚のようにぴちぴちと暴れた。
「なにすんだよい、はなせよい!」
「お前が暴れるからだ。あんまり暴れると樽に詰めちまうぞ」
脅かしにもならない言葉を放ちつつ、服を掴んで支える形で持ち上げた子供を見下ろす。
俺のことを悔しげに見上げる子供の顔は、興奮して暴れたからか真っ赤になりつつある。
普段より強くその目がこちらを睨みつけて、ナマエがわりィんだよい、とマルコは声高に俺を詰った。
「なんの話だ」
「おれをおいてくっていったよい! いま!」
そんなのゆるせるわけがないと、子供が声を上げる。
一体どこから俺たちの話を聞いていたんだろうか。
「結構前からそこの陰に隠れてたぜ」
思わず首を傾げてしまった俺の向かいで、面白がるように『仲間』がそんな言葉を口にした。
「気付いてたんなら教えろ」
「いやまァ、いいじゃねェか」
思わず眉を寄せて見やった先で、にやにやと笑った『仲間』は何とも楽しそうだ。
マルコをからかうのが楽しいと顔に書いてあるのを見やり、それからため息を零して手元へ視線を戻す。
「おいてくとは言ってない」
「いったよい!」
「『マルコが大丈夫なら』、別行動をしてもいいか、って言ったんだ」
実際は途中で遮られたが、自分の発言を俺は繰り返した。
船に乗った頃なら思いつきもしなかったことだが、今のマルコは随分とこの船に馴染んでいる。
俺以外にも頼れる相手はたくさんいるし、これからもどんどん増えていくだろう。
少し寂しい気もするが良いことだろうし、これを機会に別行動をとってみるのはどうか、と考えたのだ。
けれども俺のそんな言葉へ、むっと眉を寄せたマルコが口を尖らせて抗議する。
「だめよい! だめ! ぜったいだめよい!」
きっぱりと言葉を放ち、それからその体が青い炎を零した。
俺が小脇に抱えている部分まで熱の無い炎に覆われ、小さくなった感触に思わず力を緩めてしまうと、ぱっと俺の手元から青い炎が逃げ出していく。
ぽろりと落ちた先でじたばたと動いて、それからあまり素早くない動きで俺の足に近寄った火の小鳥は、それからすぐにマルコの元の姿へと戻り、両手と両足ががっちりと俺の足を掴まえた。
勢いあまってがつりとその額が俺の足の骨のあたりに打ち付けられて、じんわりと痛い。
「おい、マルコ……」
なんだというんだと声を漏らした先で、ぷっくりと餅のように頬を膨らませて口を噤んだ子供が、ぎゅうぎゅうと俺の足を締めあげている。
腿の中頃から脛までを固定されたおかげでしゃがむことすらできなくなった俺の向かいで、ぷ、と小さく吹きだす音が聞こえた。
思わず顔を向ければ、肩を震わせて笑いを必死に堪えている様子の『仲間』がいる。
「マ、マルコ、お前、案外ナマエ離れ出来てねェのな……!」
どんだけ懐いてんだ、と声を絞り出し、もう駄目だと漏らして大笑いを始めた誰かさんのおかげでへそを曲げた子供によって、俺はしばらくその場で立ち往生をする羽目になった。
どうやら、マルコはまだまだ、俺を頼ってくれるつもりでいたらしい。
そのことを少し嬉しいと感じてしまったのは、俺だけの秘密だ。
end
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