誕生日企画2015
『だから、おれをひろえよい』
真っ向からそう言ってきた図々しくもふてぶてしい子供を俺が『所有』することになったのは、その子供がどれだけ断ろうとも諦めずについてきたからだ。
何度だって言うが、俺は子持ちになる予定なんて無かった。
いつか家に帰るつもりなのだから、もしも連れて歩いてしまったら、何処かで子供を置き去りにしてしまうのではないかと思うと、それはとても恐ろしいことだ。
「いいかマルコ、もしも俺がいなくなっても、自分一人で生きていけるように準備だけはしておくように」
だからこそ俺はそう言い含めることにしたのだが、俺の言葉を聞いた子供はぎゅっと眉を寄せて不満げな顔をして、その手で強く拳を握った。
強く強く、わずかに震えるほど握られた拳の隙間から、ちらりと青い炎が漏れる。
子供はどうやら不思議な体質だったらしく、怪我をしてもすぐに元に戻るような体をしていた。炎を零しながら再生する様子は綺麗だと形容するに値するものである気がするが、子供が怪我をしているという事実に変わりはないのであまり見たいものでもない。
どうやら伸びた爪で掌を傷つけているらしい相手に、慌てて手を伸ばした。
「こら、マルコ」
やめろ、なんて言いながら子供の手を掴んだ俺の掌を、子供が強く振り払う。
ばし、と叩かれたそれに目を丸くすると、俺の顔を睨み付けた子供の手が、握り込んだままの拳をこちらへとふるってきた。
明らかに害意のあるそれに慌てて動きを合わせて空振らせ、くるんと回ってしまった子供を後ろから掴まえる。
暴れないようにと腹のあたりと首元へ腕を回し、片手で子供の両腕を拘束すると、俺のそれに気付いた子供が俺の腕へと噛みついた。
「いてててて」
服の上からきつく噛みついてくる相手に、口からそんな声が漏れる。
厚手の服の上からでなかったなら、肉を持っていかれていたに違いない。
それほどきつく噛んでくる相手に、これを逃せば今度は喉元に噛り付かれかねないと感じた俺は、ひとまず子供をしっかりと掴まえた。
しばらくがじがじぎりぎりと人の腕を噛みながらジタバタと暴れていた子供が、やがて疲れたのかその動きを緩め、ついには俺の腕を口から離す。
それに気付いて、子供を拘束したまま、俺は子供の頭を顎でごちりと軽く叩いた。
「いってェ!」
「俺の方が痛かったに決まってる。噛みちぎるつもりか」
大げさな声を上げる子供の上でため息を零しつつ、改めてしっかりと子供の体を抱え直す。
何が気に入らないんだ、とそのまま言葉を落とすと、子供はしばらく押し黙った後でもそりと口を動かした。
「……ナマエが、おれをすててくっていったんだろい」
拾ったくせに、そんなの許さないと殆ど押しかけてきた格好のくせに図々しいことを言い放った相手に、ぱちりとわずかに瞬きをする。
別にそんなつもりは無いのにと思ってみるものの、思い返してみると、確かに俺の発言はそう取られても仕方のない言葉であるような気がした。
いつか帰るつもりだし、どうやって来たのかも分からないのだから突然戻ってしまうかもしれない俺にとっては当然の発言だが、マルコにとっては唐突に置いていくと宣言したようなものだ。
しかし、それが気に入らないからって殴りかかってくることはないんじゃないだろうか。
「何があっても一生一緒にいるなんてこと、出来るはずもないんだから当然の台詞だと思うんだが」
俺の知る限り、この世界は俺が生まれて育った世界とは似ても似つかぬ野蛮で危険な場所だった。
ある日突然何かの病にかかってしまう可能性だってあるし、恐ろしく強い強盗に出会って逃げきれなければ殺されてしまうかもしれない。
大怪我をしたら、成すすべもなく死んでしまうことだってあるだろう。
そんな世界で俺についてくると言うのなら、もしも俺がいなくなったって生きていけるようにしろと言い含めるのは、やはり当然のことなのだ。
俺の言葉に、しらねえよい、と膨れた様子でマルコが呟く。
俺が掴まえたままの手からはすでに炎が消えていて、ちらりと見えた掌は怪我一つ無かった。
そんな風に言われても、俺としてはこの主張を曲げるつもりはない。
納得してくれないだろうかと顎を乗せたまま黙り込んだ俺の下で、しばらく俺の顎を支え続けたマルコが、もぞりと身じろぐ。
「……ナマエ、て、いてェよい」
「ん? ああ」
ずっと掴まれたままの腕が痛いと言ってくる相手に、すっかり暴れる様子が無くなったと判断して、俺はそっと掌の力を緩めた。
それを受けてするりと腕を抜け出したマルコの手が、体に回っている俺の腕を押しやって自由を取り戻し、それからくるりとこちらへ振り向く。
相変わらず怖い顔をしたままで、両手を広げたマルコがどすりとこちらへ体を預けてきたので、俺は目を丸くした。
「マルコ?」
まるで抱き付くような子供の動きに戸惑う俺へ寄り掛かり、もぞ、と少しだけ手を動かしたマルコが、それからぱっと体を離す。
その手がしっかりと握りしめているものを目の前に晒されて、俺は慌てて自分の体の後ろに手をやった。
腰に着けていたサッシュベルトの内側に、そっと押し込んでいたものが、どうしてか今マルコの手にある。
「おい、マルコ、それ」
「これ、ナマエのダイジなもんだろい」
人の物を奪い取った手癖の悪い子供が、そんな風に言ってにやりと笑う。
「おれがもらってやるよい」
返してほしかったら奪い返してみろと、そんな生意気なことを言い放つ子供の手にある充電切れの携帯が、軽く揺らされる。
怒鳴りつけて、暴力をふるって、奪い返す。
そんな選択肢を思い浮かんだ端から放棄した俺は間違いなく小心者の日本人で、だからこそ結局、俺はマルコからそれを奪い返すことが出来なくて。
元の世界への未練が無くなったのはそれから数年後の話で、名実と共にお前のものだとただの鉄の塊と化したそれの裏に名前を彫り込んでやった時のマルコの顔は、中々の見物だった。
end
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