- ナノ -
TOP小説メモレス

サマーバケーション (1/2)
※『理不尽を遂行』の続き
※グランドラインご都合主義で主人公が身体的退行注意
※勘違い主は元いじめられっ子
※主人公視点→キャラ寄り三人称
※シャチが若干不憫
※主人公視点↓



 にがい。
 口に入れた俺の、第一の感想はそれだった。
 ある程度切られたとは言えまるで味付けがされていないように感じるその草は毒々しく、どう考えても食用に見えない。
 それでも『食え』と強制されたのと、同じように食べたクルー達が食べても死ななかったのは知っているので、大人しく食べた。
 涙が出そうなのはその草が恐ろしく苦いからだと思い込みたいところだけど、どちらかと言えば別の理由なのも分かっている。
 俺がこの苦いものを食べるのを、周りのみんながにやにやと笑って見ているのだ。
 効力も味も分かっているおかしな草を、大量に食べろと強要されているのは俺だけだ。
 仲良くなれたと思ってたのは、俺だけだったんだろう。
 学校でされていたように、ひそひそと陰口を言われたりだとか、囲んで殴られたりだとか、どこかに閉じ込められたりだとか、いないものとして扱われたりだとか。
 最悪この無人島に置いていかれたりするんだろうかとか、いやなことばかりが頭に浮かぶ。
 胃がひっくり返りそうな苦みを堪えて飲み込んで、水を飲んで、それを繰り返してから、ほんの少し待って。

「……よォし、上出来だ」

 悪い人間そのものの笑顔で言い放ったローが伸ばした手を、目線の低くなった俺は、ただ体を硬直させて受け入れた。







 何かがおかしい。

「……………………?」

 思わず首を傾げてしまったのは、あれから一時間ほど後のことだ。
 俺は今やすっかり子供服を着込まされていて、いつの間に用意したのか小さな靴も履いている。
 頭の上に乗っているのはローが昔使っていた帽子だそうで、少し広いつばが目元に影を落としていた。
 手足から少し柔らかい花のようなにおいがするのは、虫よけだと言ってなんだかよく分からないクリームを塗りたくられたからだ。
 座らされている椅子は二人掛けで、わざわざ甲板まで運んでこられているし、背もたれに柔らかいクッションが配置されていて、体が沈むようなそれに背中を預けた俺の手元には、今の俺の手には少し余る大きさのグラスがあった。
 なみなみと入っているのは、冷たいココアである。苦みに麻痺しかけていた舌にも優しく、甘くておいしい。

「……」

 これからどんな目に遭わされるんだろうかと思っていたのに、妙に世話を焼かれている気がする。
 戸惑い交じりにちらりと側を見やると、俺の視線に気付いた相手が、手に持っていた本を閉じた。

「どうした、ナマエ。暇になったか」

「暇……というか」

 確かにやる事が無いが、それよりまず疑問を解消しなくてはならないだろう。

「どうしたいんだ?」

 『子供の姿になる草』とやらが発見されたのは、今ポーラータング号が停泊するすぐ傍らの島でのことだった。
 あまりにも毒々しいから絶対食べ物じゃないだろうと思っていたあの草のせいで、ローやシャチ達が子供の姿になったのだ。
 俺はたまたま食べるのを拒否したためにそうならなかったはずなのに、どうしてかローが俺に食べさせた。
 結果として、今の俺はとても小さく幼い姿になっている。
 食べればどうなるかも分かっているいわば毒草の、しかもあんなにも酷い味のものを無理やり口に入れさせて食べさせたのだ。
 例えば俺をいじめ倒すだとか、様々な考えがあってのことだろうと思ったのに、あれから一時間の間にされたことと言えば、服を着替えさせられて体の調子を確認されて、そして甲板に安置されたことくらいだった。
 訳が分からない。

「暇じゃねェんならもう少し大人しくしてろ。手伝いに行かせてもいいが、蹴飛ばされでもしたら問題だ」

「蹴るのか」

「お前が避けなけりゃあな」

 当てるつもりで蹴るなら避けても当たるんじゃないだろうかと思ったが、俺の口から疑問が出ていく前に、ローがこちらへ両手を伸ばしてくる。
 戸惑い身を引く前にその手が俺の体を捕まえて、ひょいと持ち上げられた。
 そのまま、足を組んでいるローの膝の上へと下ろされる。両足をそろえて横向きに座った俺の体を手放して、ローの手が俺の顔を捕まえた。

「…………普通のガキだな」

 しげしげとこちらの顔を見つめて、ローがそんな言葉を口にする。
 子供の体になっているんだから当然だろうに、一体何が言いたいのか。
 よくわからずただじっと見つめていると、俺の顔を覗き込んでいたローが、少しだけこちらから目を逸らした。

「これは……中身はそのままでも見た目がこれだと、さすがにまずいのか……?」

「ロー?」

 訳の分からないことを難しい顔で呟く相手に、なんの話だと尋ねるつもりでその名前を呼ぶ。
 恐る恐る伸ばした片手で服を掴んでみても、ローは俺の手を振り払わない。
 いじめのつもりで食べさせたものの、子供の姿では酷いことなんて出来ないということだろうか。
 それならこのまま子供のままでいればいじめられないのかもしれない、とは思ったが、そう長くはこの姿でいられないことは知っていた。
 ローだってあんなに小さくなったのに、しばらくしたらもとに戻っていた。
 それでも、逆に言えば元に戻るまでの時間は、まだあとしばらくはある。しかも妙にたくさん食べさせられてしまった。

「……ロー」

 俺の何かが気に入らなかったのなら謝るから、これ以上のいじめはやめてくれないだろうか。
 頼み込むために体を相手の方へと寄せると、傾いた俺の背中にローの手が触れた。
 ちらりとこちらを見たローが、何故だか短く舌打ちを零す。

「…………おい、わざとか」

 尋ねながらも、もう片方の手が服を掴んでいる俺の手に触れて、刺青の入った指が俺の手を撫でた。その指が少しざらついているように感じるのは、俺の体が柔らかい子供の体になってしまったからだろうか。
 ローの体がこちら側に倒れてきて、気圧されるように後ろへ下がろうとした俺の体は、背中に触れている掌によって移動を阻まれる。

「その体でおれの相手が出来るってのか?」

 こちらを見下ろすローの目がぎろりと睨みつけているようで、なんだか恐ろしい。
 思わず唇がひきつってしまって、取り繕うために慌てて言葉を返した。

「子供は、子供なりに」

 ローの相手なんて元の姿でもそれほどしたことはないが、たまにみんなでやる『遊び』と言ったらカードゲームやボードゲームくらいだ。体が小さくても出来るものがほとんどだし、大丈夫だろう。酒盛りが始まるんなら、給仕くらいは出来る。
 何なら今から相手をしようかと相手へ尋ねると、わずかに目を丸くしたローが、それからあくどいことこの上ない笑みをその唇へ乗せた。先ほどの目つきと相まって、とても怖い。

「……おれにそのつもりはなかったんだが、珍しい誘いだ、しかたが、」

「虐待反対!」

 口を動かしながら立ち上がろうとしたローの言葉が、飛んできた声によって遮られた。
 それと同時に俺の体がひょいと引っ張られて、ローの膝の上から持ち上がる。
 驚きに緩んだローの手から腕も抜けて、両手と両足が浮いてしまった俺は慌てて自分を持ち上げた相手を見上げた。
 何やら厳しい顔をしたシャチが、俺を荷物のように腰に抱えている。

「さすがにそいつァ見逃せねェやつです船長。ナマエはいま、こーんなガキですよ!」

「おれにもそのつもりはなかったが、当人からの誘いだった」

「だからってやっていいことにはならねェんですって!」

 子供を虐待する船長なんていやだと妙な力説をする相手に戸惑いつつ、俺はシャチの腰辺りからちらりとローを見やった。
 『虐待』とはつまり、ローは今どう見ても子供の見た目の俺をいじめるつもりだったんだろうか。
 何やらバツの悪そうな顔をしたローが、軽くその手を自分の首に当ててから、俺の視線に気付いてその目をこちらへ向ける。

「……仕方がねェ。戻ってからだな、ナマエ」

 それは、元に戻ったら『虐待』するという意味だろうか。
 頷いて良いのかどうか迷った俺を抱えたままで、そうしてくださいとシャチが声を上げる。
 どうやらやっぱりこの船には、俺の味方はいないようだった。




戻る | 小説ページTOPへ