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サマーバケーション (2/2)
※キャラ寄り三人称↓



 ナマエが、子供になった。
 今回は原因不明だとかそんなものではなく、むしろ一度ハートの海賊団を襲った騒動の原因を使った人為的なものだ。
 分かっていながら何も進言しなかった罰という名目で渡されたその野草はどう考えても苦くてまずい一品だったのだが、ナマエは表情も変えずに口にして、そしてその体を退行させた。
 決行を聞いてからクルー達が用意していたあれこれを着用して、すっかりそこいらを歩く子供と変わらない見た目になっている。
 普通の子供との違いと言えば、その凪いだ双眸とまるで変わらない表情くらいなものだ。
 中身が変わらないのだから当然だが、体が子供になったことに対する戸惑いすらもすぐに消えた。
 あまりにも普通のナマエに、ひょっとして子供の頃からこうだったんじゃないのかと言い出したのはシャチだったか、別の誰かだったか。
 それはいけない、子供は遊ぶものだという声がクルーの中からあがり始めて、気付けばクルーは総出で入り江の浅瀬と砂浜にあれこれと簡易の遊具を作り始めていた。
 ナマエが元に戻るまでは無人島の傍で過ごすと取り決めた船長は軽く肩を竦めただけで、そのままナマエの見張りを買って出てくれていたため、ナマエにはまるで気付かれていなかったらしい。

「……どうしたんだ、これ」

 戸惑うナマエの声を聴きながら、船から彼を連れてきたシャチがにまりと笑う。
 そのままナマエをそっと下へ降ろすと、脱いだ靴を両手に持って膝まで海水に浸かったナマエが、きょろりとあたりを見回した。
 入り江には、ハートの海賊団が作った遊び道具やそれ以外のものがいくつもある。
 ポーラータング号から持ち出してきた救命ボートは少し深いところでぷかぷかと浮いており、休憩中らしいペンギンがその上に座っていた。
 シャチの腰の高さほどの深度のところでは貝で小さな渦潮を発生させていて、板切れにしがみつけば流されて遊ぶことができる。きちんと周りにはブイとネットで囲いを作っているようだ。
 砂浜では砂で芸術的な作品を作り上げようとしている数人がいて、その横にも船から持ち出してきた資材で作った遊び道具や、島の中から採取してきたんだろうもので作られたものが転がっている。
 砂浜に穴を掘って、温水に浸かれる場所を作ったクルーもいた。
 そんな中でひときわ目を引く大きなものに、ナマエもすいよせられるようにその目を向ける。
 大きな木を無理やりへし折ってきてくみ上げ高さを作ったそれは、滑り台だ。すべる素材は撥水する布をつないだもので、すべる時にはくみ上げた海水を流す仕組みだった。

「うまくできてるだろ、おれのシャチスペシャルは!」

「何、自分だけの手柄にしようとしているんだ」

 胸を張ったシャチの声が聞こえたのか、漂う救命ボートの上のペンギンから呆れた声が上がる。
 提案したのはおれだろうとシャチがそれへ言い返すと、高さを作ろうと言ったのはベポだろうと言い返された。
 確かにそれもそうだと口を尖らせたシャチの目が、立ち尽くしたままのナマエへと向けられる。

「まァいいや。それでナマエ、どれから遊ぶ?」

 まずは一通り全部試してみるかと尋ねると、ゆるりとナマエがシャチを見上げた。

「…………俺も参加していいのか」

「そりゃそうだろ。ナマエと一緒に遊ぶために作ったんだぜー」

 せっかくガキの格好になったんだから遊ばねえとな、と理屈になっているようななっていないような言葉を零してにかりと笑ったシャチに対して、ナマエはどうしてか息を飲んだ。
 その目がもう一度周りを見回し、あれこれと作業をしているクルー達がそれに気付いて手を振ると、おずおずと短くて小さくなってしまった手が振り返される。
 そうして戻ってきた視線がシャチへ向けられて、それなら、とナマエは口を動かした。

「ローも誘わないと」

 そうして、顔を見上げながら寄越された言葉に、シャチは思わず目を丸くした。
 確かにそうだなと軽く笑って、膝まで海水に浸かっているナマエをもちあげる。

「ペンギン、おれ船長呼んでくるから、ナマエそっちにのせといてくれ」

「ああ、わかった」

 シャチの言葉に頷いたペンギンが、ボートを少し寄せて、ナマエの小さな体がボートに乗れるようにとバランスを保つ。
 そちらへシャチが近付き、その手でボートへ座らされてしまったナマエの横で、ペンギンはその目をシャチへと向けた。

「最初に誘った時、夕方まで降りないと言ってなかったか?」

「いや、今なら降りる。間違いない」

 言葉と共に親指を立てたシャチが、その指先で軽くペンギンの傍らを示した。
 それを受けてちらりと横の『子供』の姿をした男を見やったペンギンの耳に、行ってくるぜ! というとても元気な声が響く。
 続いた海水を弾く音に視線を戻せば、シャチが一直線にポーラータング号へと向かっているところだった。
 すぐに戻ってくるだろう背中を見送り、それから少し考えた後で身をかがめたペンギンが、帽子をかぶっているナマエの、影の落ちているその顔を覗き込む。

「…………なるほど」

 ふむ、と一人納得して姿勢を戻したペンギンに、どうしたんだ、とナマエが問いかけた。
 しかしそれには答えずに、ペンギンの目が空を見上げる。
 頭の上には日の傾き始めた青空が広がっているが、偉大なる航路の天気は気分屋だ。
 ましてや普段起きないようなことが起きた今、不思議な天気が訪れても仕方のないことである気もする。
 雨宿りの出来る場所も作ったほうがいいか、と適当な休憩所を脳裏に描いたペンギンの傍で、ナマエが少しだけ首を傾げた。

「……そういえば、ベポはどこに?」

「他の連中と狩りに出ている。夕方には浜でバーベキューだ」

 その後は温泉だ、花火もするかと続けたペンギンに、ナツヤスミの旅行みたいだな、とナマエが呟く。
 ナツヤスミというのが何なのかは知らないが、とりあえずナマエは楽しんでくれそうだと、ペンギンは考えた。
 ひょっとしたら、あの草には多少食べた人間を子供じみた心に変える力もあるのかもしれない。
 そうでなかったら、あのナマエが、子供のような顔をした理由が付かない。
 嬉しそうな、恥ずかしそうな照れた顔をしたナマエには自覚が無いようだが、恐らくかのトラファルガー・ローですらも、ほとんど見たことの無いような表情だろう。
 早く来てくれないと見れないんじゃないかと考えたペンギンの視線がポーラータング号へと向けられるが、船長が降りてきた気配はまだない。

「…………それで、見たのか」

 十分後、残念ながら船長が駆け付けた時には『いつものナマエ』に戻ってしまっていて、砂浜へ移動したところで悔しげなトラファルガー・ローから尋問を受けた。
 それに『ノー』と答えた賢明なるペンギンは、舌打ちを零してナマエとともに『シャチスペシャル』へ向かっていく船長を、砂浜の上で見送った。

「毎回毎回、理不尽だと思うんだけどよ。なんか慣れてきた自分もいるんだよなァ」

「順応してる場合か。船長がナマエに対して独占欲が強いのは、今に始まったことじゃないだろう。いい加減学習しろ」

 そうして、そんな風に言いながら、先に答えて軽くバラされた正直者を、さっさと組み立ててやったのだった。



end



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