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理不尽を遂行(1/2)
※グランドラインご都合主義
※シャチがそこそこ可哀想
※主人公視点無し



 ハートの海賊団は順調にグランドラインを進んでいる。
 船長の希望を最優先に、航海士が航路を決めた。
 久し振りに島へと立ち寄ったのは、そろそろ物資が心もとなくなったからだ。
 辿りついた島は温暖で、どうやら近くに火山があるらしい、と言ったのはペンギンだった。
 確かにその言葉の通り、島のあちこちから温水が噴き出ているらしく、時折水蒸気が上がる。

「ひっかぶったらやけどしそうだなァ、あれ」

 水柱が数秒続いてしぼんでいくのを遠目に見やり、呟いたシャチの横でそうだなと男が頷いた。
 シャチがそちらへ顔を向けると、あまり見ない光景のはずの間欠泉すら気にした様子のないナマエが、自分の足元へ視線を向けている。
 何を見てるんだと同じほうへと視線を落としてから、あ、とシャチが声を零した。

「ナマエ、それたぶん食えるから摘んでくれよ」

「……そうか」

 ナマエの足元近くに転がっている大きめの石のそばで、先端がくるりと回った毒々しい色味の草が生えている。
 名前は知らないが、食卓で見た覚えのあるそれにシャチが言葉を放つと、ナマエはひょいと足元のそれを引き抜いた。
 それをそのままぽいとシャチの籠へと放り込んで、俺は食べない、ときっぱりとした言葉が寄越される。
 珍しい拒絶に、シャチはサングラスの下で目を丸くした。

「……なんだお前、これ嫌いなのか?」

 何を食卓に並べようとも不平不満を言わず、コックが『失敗した』と困った顔をして出してくる、シャチや他のクルーがぎゃあぎゃあ騒ぐようなひどい味のものですら気にせず食べていたナマエにも、好き嫌いというものがあったのか。
 不思議そうに尋ねたシャチに、ナマエは答えず目を逸らした。
 それが何とも雄弁な肯定に思えて、にやりとシャチの唇が緩む。

「仕方ねえなァ、ナマエの皿に入った分はおれが食ってやるよ」

 食事は体の資本だが、少しばかり野菜を奪ったところでナマエの体に影響があるとも思えない。
 シャチにも苦手な食材はあるのだし、それをナマエの皿へ移して帳尻を合わせればいいだけの話だ。
 特別だからな、とシャチが恩着せがましく言うと、そうしてくれ、とナマエは一つ頷いた。
 なんだか頼られたようで面白く、シャチはけらけらと笑っていた。







 ペンギンは、深くため息を零した。

「お前は、もう少し学習したらどうなんだ」

 そんな風に言葉を述べた彼の向かいには、生首が一つ転がっている。
 何とも凄惨な状況のようだが、血なまぐさい液体の一つもこぼれていないその場所で、体の代わりに酒樽を首の下に敷いた頭が、だってよう、と声を零す。

「ナマエが『食いたくねえ』って言ってたから、てっきり嫌いなんだと思ったんだよ」

「せめて皿に移してもらえ」

 ほんの二時間ほど前、食卓で行われた行為を思い返して、ペンギンはそう苦言を呈した。
 今日の昼食は、シャチやナマエ達が採取してきた食材を使って振る舞われた。
 あまり見ない食材があったために、苦くても大体食えるだろうという適当な判断で作られたカレーだった。
 大体の人間はうまいうまいとそれを食らっていたし、ペンギンが知っている限り、食事をとっていた甲板の上はいつも通りの和気あいあいとした様子だった。
 そこで、どうしてか食事の動きを止めたのがナマエだ。
 じっと自分の皿を見下ろすナマエに、どうかしたのかとわずかに目を瞬かせたペンギンの見ている前で、同じようにそれに気付いたらしいシャチがナマエのさらを見下ろした。
 それからその口がにやっと笑って、片手でナマエの腕をつつく。

『ナマエ、ナマエ、あー』

 あーん、なんてかわいらしい声も出さず、診察の時のように口を開けたシャチへ自然な様子で手を動かしたナマエに、ペンギンは硬直した。
 なぜならば、そんな二人の姿を見ている人間がいたのを、その視界にとらえてしまったからである。

「そうでなかったら船長の見ていないところでやれ」

「なんでわざわざ隠れてやるんだよ? 浮気じゃあるまいし」

 哀れなことに全身をばらされてしまった海賊が、不思議そうに声を漏らす。
 刻まれた体はそのまま潜水艦のあちこちにばらまかれてしまったらしく、数人が今はシャチの体を探し回っていた。
 いつもならもう少し早く見つかるのだが、しかし今回はなかなかに難易度が高いだろう。

「それにしても、ナマエもこんな『副作用』のあるものだってェんなら言ってくれてもいいのになァ」

 そんな風に呟いたシャチは、十年以上も若返った顔を軽くしかめた。
 何ともまっとうな意見に、そうだな、とペンギンも頷く。
 シャチとナマエが採取してきたらしい食材の中に、見知っているようで見知らなかったものが混在していたことが分かったのは、食事を終えて少ししてからのことだった。
 見る見るうちに小さくなる生首に驚いたペンギンは、周囲でも数人が同じように小さくなるのを見てさらに困惑した。
 慌てて調べ、さらにはナマエが変な『好き嫌い』をしていたことで原因を特定することはできた。
 今まで食べたことのあった山菜によく似た見た目の、一定量を摂取するとそれからしばらくの時間を『若返って』過ごすことができるという夢の食材のようだが、そのせいでおそらく小さな子供の手足になっているだろうシャチの体はまだ見つかっていない。
 他の皿にも入っていたのか、同じように小さくなった体のクルーは数人いて、シャチに怒ったりナマエに怒ったり自分の現状を面白がったりしていた。
 そのうちの一人を思い浮かべて、もう一度ペンギンがため息を零す。

「ペンギン、最近ため息増えたよな」

「…………」

 老けちまうぞ、と樽の上から失礼なことを言う子供の頭を海のほうへ放り投げなかったのは、ペンギンなりのやさしさである。







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