Short Novel | ナノ


▼ 背中と背中 

 無駄話はこれぐらいにして、俺は仕事に戻らなきゃならない。
 死神がこの世に降りて来たということは、もちろん誰かが死ぬってことだ。
 別に、死神だからといって、無差別に死なすわけじゃないんだぜ。上司から命令があった奴だけだ。
 たとえば、寿命を過ぎたのに死なない奴とか、何らかの特殊な能力があり、寿命に抵抗している場合とか。今回は、前者のケースだ。
 もう一週間も前に死ぬはずだった奴が、なぜかあの世へ続く電車に乗ってこない。
 車掌のスタンが乗客が足りないと上司に怒鳴られるって、ぼやいていたっけな。
 スタン、あいつも元死神だ。あいつの死神帽子は制帽に似ていたから、車掌はぴったりな仕事だろう。
 死神でも、友達や仲間は居る。スタンは同じ仕事仲間だった。
 だからこそ、気に食わない奴や、俺は出会ったこともないけれど、死神の敵もいるらしい。
 特に、黒のシルクハットには気をつけろ、とのことだ。
 さあて、下見に行こう。
 階段を下りるように空中を歩き、正門を上から通って、校舎へ向かう。
 まだ建ててそう間もない建物だな。学校独特のあの嫌な緑のこけや、雨の跡がない。
 しかし外壁は奇抜なピンク色。ここの校長、なんて趣味だよ。
 憂鬱そうな顔をしている少年の前を通り過ぎ、校庭のほうへ向かう。
 当然、俺の姿は誰にも見えない。頭を踏んでいっても、人間は俺には気付かない。
 まだ教室にも行っていない生徒たちが、上着を脱いで元気よくサッカーボールを蹴っている。
 この暑さの中、よくやるもんだ。若さだなぁ。
 ちょうどゴールを決めて上半身裸で駆け寄ってくる少年を避け、俺は校舎の壁を伝って上がっていった。
 一階、まだ幼さの残る女の子が、二、三人集まってさっきのサッカーの様子を眺めている。
 あの中に憧れの先輩でも居るんだろう。で、俺の目的人物は、そのすぐ上の二階、一番端の教室。
 窓から覗くと、すぐにそいつは居た。
 ちょうど窓際の席だ。ぼーっとこっちを見ている、気の抜けた顔の少年。
 もちろん、俺を見ているわけじゃないんだろう。見ているのは俺を透けて見える景色だ。
 寿命が延びてしまった奴は、本来死んでいるものだから、頭の上に輪ができる。
 よく、テレビや本に出てくる天使がつけている、あれだ。
 人間はよくこれを見つけたとは思うけれど、あれは天使の輪なんかじゃない。これは本来、抜けかけた魂なんだ。
 それにしても……間の抜けた顔だな。本当に。
 ガラスの窓を通り抜け、そいつの前に足を下ろした。
 近づいてみると、尚よくわかる。マヌケ顔。口は半開きだし、目は眠たそうに伏せられ、きっと今こいつは夢の世界に片足踏み入れている。
 多分、予定と合っていたら、ボーっとしていて車にひかれたりして死ぬんだろう。
 力のまったく入っていない表情。前髪は伸び放題。切れよ。


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