096 ぼくは靴の底で地面をこすり、次の攻撃に備える。
ヴォルトがぼくの背中を押した。それと同時に向かってきた公司たちの動きを縛り、群れの中へ駆け込んでいく。
「なめんなよ!!」
ヴォルトが炎を燃え上がらせた。
それに怯んで公司が一瞬の隙を見せる。その瞬間にぼくは飛び込み、素手で公司の意識を奪った。
その時、ぼくの攻撃を逃れた公司が、ぼくの首に掴みかかってきた。
しかしすぐにヴォルトが気づき、飛び出して公司を殴り倒す。
「ありがと」
「動きが鈍いんだよ、お前」
ヴォルトが念力を送ってきた公司を締め上げ、背後から攻撃してきた公司には振り返りざまに蹴りをくらわせる。
ある程度公司たちと距離をとり、ぼくらはもう一度背を向け合った。
「誰かと違って、無駄にでかいからね」
ぼくはそう返し、公司たちの間に目を走らせた。
「シオンは?」
「わからない。公司が上手く隠してやがる」
ヴォルトが唸り、舌打ちをする。
「ウロチョロされるのは目障りだ。アラン、こいつらを縛れ」
ヴォルトはそう言って、その場から消えた。
その瞬間、すぐに公司たちが一人になったぼくを縛りつけようと、強い念力を送ってくる。
「甘い」
ぼくは指先に感じた微かな痺れを振り払い、両腕を振り上げた。
公司の何人かが気づき、逃げようとする。しかしぼくは行動を起こされる前に、空気を裂くように腕を前後に振った。
その途端、近くに居た公司たちが凍りつき、一瞬にして人を閉じ込めた氷の壁ができた。
いまさらだけど、感謝する。ぼくの能力が変化自在の水だってことに。
ぼくは凍った公司の壁に飛び乗り、辺りを見回した。
明らかに数が増えてる。まずい、これじゃあアンダーグラウンドが占拠されるのも時間の問題だ。
ぼくを引きずり落とそうと念力を送ってきた公司を凍らせ、ぼくはヴォルトと反対側へ飛び降りた。
すぐに公司たちがぼくを押さえつけようと向かってくる。中には刃物を持っている者も居た。
あまり傷つけたくないなんて、言っていられないかもしれない。ぼくは部分的に大雨を降らせ、それに気を取られた公司たちの隙をつき、意識を奪った。
ナイフを持った公司が雄叫びをあげ、ぼくを突こうと飛び出してきた。ぼくはとっさに右手を氷で固め、その刃を受け止める。
「シオンはどこだ」
ぼくは公司を睨みつけ、唸るように言った。
しかし、公司はただ歯を食いしばり、ぼくの赤い瞳を見ないように目をぎゅっとつむるだけ。
ぼくは腕を回してナイフを払い、あっと顔を上げた公司の頸椎を打って気を失わせた。
向こうで炎が上がる。ヴォルト……住民のみんなは、無事に避難できただろうか。
振り返ったぼくを、公司たちは再び距離を取って取り囲んだ。じりじりとこちらの隙を伺い、示し合わしたように、全員同時にかかってきた。
刃物を持っている者には氷の剣で応戦したけれど、同時に素手の者に素手で応戦するのは難しかった。
念力を使って吹っ飛ばしてしまうのは簡単だ。でも、加減が出来ずに内臓までまき散らしてしまったらと思うと、怖くて使えないし、何より数が多すぎる。
まるで湧いて出るように、次から次へと公司が向かってくる。ぼくはついに覚悟を決め、ぎゅっと目をつむった。
ちょっと惨いけれど――これしかない。
キン、と耳鳴りがした。その途端、ぼくに向かってきた公司たちが、頭を押さえてもがきだした。
ぼくにとっては耳鳴りのような音が、人間たちの脳を揺さぶって激しい苦痛を与える。
公司が次々に倒れていく。しばらくは意識が戻らないだろう。
ぼくは目を開き、周りの状況を確かめた。向こうで、突然倒れ出した仲間たちにうろたえる公司が見える。あそこまでは届かなかったようだ。
しまった……かなり消耗してしまった。体が重い……。
うろたえていた公司が、ぼくに気づいて向かってきた。ぼくは少しクラクラする頭を抱え、公司を睨みつける。
どこからともなく滝が現れ、公司に直撃した。
びしょ濡れになっても、よろめきながらまだ向かってくる。さすが公司だけど、ぼくだってさすがGXだ。
ぼくは地面に手のひらを向け、そして勢いよく振り上げた。
大きな氷の壁ができ、公司の行く手を阻む。
そのすきに、ぼくは倒れた公司たちを避けながら、再び中央へ向かった。
ぼくの攻撃にかからなかった公司たちが、壁を迂回してぼくを追ってくる。ぼくは振り向き、勢いよく水柱を上げてやった。
水を大量にかぶり、公司たちが慌てふためく。ぼくは浴びせた水に命じて、公司たちを凍らせた。
これでかなりの人数が減ったはずだ……ヴォルトの所へ行こう。
ぼくはカチカチに凍った公司に飛び乗り、その上を伝って反対方向へ急いだ。
まずいな……ヴォルトの炎が見えない。ヴォルトの服も黒いから、パッと見ても見分けがつかない。
捕まった? ……いや、ヴォルトがそんな簡単に捕まるはずがない。
ぼくが嫌な予感を振り払っていたその時、何かがぼくの足を力強く掴んできた。
凍らせた公司がぼくを睨み上げ、氷の中から腕を突き出していた。
ぼくは慌てて振り払おうとするが、公司は頑なに離そうとしない。
公司を包んだ氷が割れ始めた。ぼくの攻撃を破るほどの公司が居たなんて……!
「くそっ」
ぼくは氷を蹴破り、公司の腕を振り解いた。
ぼくが飛び退くと、すぐに公司も仲間の上に乗ってきた。
「No,5の残り物か。これほど同じ能力を受け継いでいるとはな」
氷漬けの余韻で顔を真っ青にしているくせに、余裕綽々の態度で、公司はぼくにそう言ってくる。
「残り物か……懐かしい呼び方するんですね」
ぼくは苦笑いして、少し後ずさりした。
まずい……さっきの攻撃でかなり力を消耗してしまった。
体が重いのなんて久しぶりだ……いつかマルシェさんが言っていたように、ぼくらの能力も無限ではないのかもしれない……――
「我々は造りだした失敗作を回収せねばならん。公司長からの命令だ」
公司はそう言って、ぼくに手のひらを向けた。
見えない何かがぼくにぶつかってくる。ぼくはそれを跳ね除け、公司を睨みつけた。
「ぼくは絶対に戻らない」
ぼくはそう言って、先制を撃った。
念力を返されたことに、公司が一瞬体を浮かせたが、すぐに壁を作って踏み留まる。
衝撃に身動きできないでいる間に、ぼくは振り向いてヴォルトのもとへ駆け出した。
しかしその時、何かが破裂したような音と共に、ぼくの腹部に違和感を感じた。
しまった、拳銃!
ぼくは体を突き抜けた穴を押さえ、振り返った。
公司はすでにぼくの放った念力を振り払い、ぼくに銃口を向けている。
「我々は死んでも、お前たちを公司長に渡さねばならん!!」
その声と共に、ぼくのこめかみを銃弾がかすめた。
ぼくは体を低くし、三発目の弾を避ける。
「絶対に帰らない」
ぼくは自分に言い聞かせるようにそう言って、飛び出した。
公司が一瞬怯む。その隙をつき、ぼくは公司の腹を突いた。
衝撃に公司が血を吐き、ぼくの服を赤く染めた。ダメだ――これ以上やったら死んでしまう!
とっさに身を引いたのもつかの間、公司が力を振り絞り、ぼくの額に銃を突きつけてきた。
避ける暇もなく、ぼくの頭が打ち抜かれる。
「うわ……ッ」
ぼくは額を押さえ、後ずさりした。
支えをなくした公司が倒れる。しかし、まだ生きているはずだ。
ぼくのほうは、運良く重要な回線はやられていない。……人間じゃなくてよかった。
その時、耳を劈くような爆発音と共に、ぼくのすぐ横で火柱が上がった。
天井を見上げたぼくの目の前には、靴の裏しか見えていなかった。
ぼくの顔を足蹴にして、ヴォルトが着地する。
「やべ! やりすぎた。死んだか?」
「大丈夫、避けたよ。ぼく以外はね」
ぼくは顔を顰めてそう言い、ヴォルトと背中合わせになる。
「二箇所も穴開けられやがって」
「不意打ちだよ。拳銃は卑怯だ」
公司がまたぼくらを囲み始めた。
まだまだ居る……そろそろぼくのほうは、まずいっていうのに。
「こっち半分は固めたけど、君のほうはぜんぜんだね」
「悪いな。殺さず止めるなんて便利な機能、俺にはついてないんだよ」
ヴォルトはそう言って、一歩前に出た。
そして両手を構え、後ずさりする公司たちを睨みつける。
「お前らの頭チリッチリに焦がしてやる」
両手を構えそう言った途端、ヴォルトが爆発的に燃え上がった。
ぼくは思わず飛び退き、目を細めて炎の中心に居るヴォルトを見つめる。
「何やってんだ」
ヴォルトがぼくに背を向けたまま、呟いた。
「逃げろ」
その声と共に、ぼくは高く跳び上がった。
一瞬にして目下が炎の海と化す。やっぱりこれは、何度見てもまるで地獄絵図だ。
ぼくは落下する直前に、両手を広げ、全力を集中させる。
何とかぎりぎりで、炎の海が氷の大地へ変わった。
ぼくは固められた公司たちの上に着地し、辺りを見回して思わず小さく吹き出した。
どうやら、ヴォルトは本当に全員チリチリにしてしまったようだ。
「ヴォルト」
ぼくが呼ぶと、すぐに一箇所だけが燃え上がった。
ヴォルトが凍った公司の上によじ登り、頭に残った氷を振り落とす。
「冷てぇっ、便利だけど、相変わらずこれだけは嫌だな」
「火傷治しにはぴったりだと思うけど」
「……お前、本当に変わったな」
「ブラック・アランだからね」
ぼくがニヤリとしてそう言うと、ヴォルトも同じように笑い、辺りを見回した。
大半は足止めしたはずだけど……まだ油断できない。
「三分の二はやったな……やっぱり元を断たないとダメだ」
「シオンか……まだ見えないね」
「ああ、あいつは俺より小さいからな……これだけのミュータントに紛れりゃ、能力も感知できない」
「……今、何気に自分が小さいって認めたね」
「うるせぇ。お前と戯れてる暇ねぇんだよ。シオンにセンターを狙われたら、終わりだ」
ヴォルトはそう言って、ぼくの背を押した。
「その前に見つけ出す」
ぼくはそう言って、センター方面に残る公司たちのもとへテレポートした。
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