083
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 一通りランスさんとの話が終わり、部屋を出ようとドアノブに手をかけたら、突然ドアのほうが突進してきた。
「ほら当たった! すげぇだろ、オレの勘」
 顔面直撃し、鼻を押さえてよろめくぼくを、セイが指さして爆笑している。
「今絶対出てくると思ったんだ! ランスはすぐ避けるからひっかかんないけど、アランだったらと思っ、」
「なるほど、これは鍵が必要みたいですね」
 ぼくはセイの顔を両手で挟み、そのまま持ち上げた。
 ほっぺたを潰されたセイがモゴモゴ言いながら、床から浮いた足をばたつかせる。
 ぼくはセイを睨みつけて、唸るように低く言った。
「アンダーグラウンドの掟、六、水色頭いたずら禁止」
「ひゅいまへん」
 顔をつぶされながら謝るセイに、ぼくはやれやれと手を離した。
 セイは床に着地して、顔を顰めてぼくをじろじろ見つめる。
「おまえ、何かあったのか?」
 鋭い質問に、ぼくは思わず目を泳がせた。
 返事のできないぼくのかわりに、ランスさんがぼくの後ろから助け舟を出す。
「これからマルシェに会いに行こうと思っていたんだ」
 ランスさんの言葉に、セイは納得したようだ。
 というか、その言葉を聞いた途端、セイはニヤッと悪戯っぽく笑って頷いた。
「あー、今はやめておいたほうがいいぜ。ジジィの治療中だって、部屋から悲鳴が聞こえてたもんな」
「容赦ないからな。今頃悶え苦しんでるよ」
 セイの後ろで、アンドリューがクックッと笑った。
「そ、そんなに痛いの?」
「半端じゃねーよ、怪我したときより死ぬかと思う」
 苦笑いするぼくに、セイが真面目にきっぱりと返した。
 ぼくの後ろで、ランスさんが豪快に声をあげて笑う。
「そうか、それじゃあもう少し待っていたほうがいいな。あの治療の後に話すことは困難だ。それじゃあ、お茶でも飲んでいくかい?」
「いや、今日はいいや。ダーラがさ、アランを連れて来いってうるさいんだよ」
 セイがそう言って、少し苦笑いした。
「そうか、それは残念だ。そういえば、ついさっきメリサが尋ねてきたよ。お兄様はどこかってね。ベッドの下にも、クローゼットの中にも居ないと言っておいたが」
 ランスさんがニヤッとしてそう言うと、セイの後ろで、アンドリューの周りの空気だけが張りつめるのを感じた。
「は、早く行こう」
 さっと青ざめ、アンドリューがぼくらを引っ張る。
「またおいで」
 ランスさんが笑顔で手を振る。ぼくらは手を振りかえしながら、アンドリューに無理やり引っ張られるように、ランスさんの部屋を後にした。

「うう、顔が痛い」
 センターから出てすぐに、セイが顔を顰めて自分の頬をさすった。
 横に並ぶぼくらの後ろで、鉄製のセンターの大きな扉が閉まる。
「アラン君に潰されたせいじゃないか?」
 セイの向こうで、アンドリューが周りを警戒しつつ、そう答えた。
 セイはぶすっと唇を尖らせ、首振り人形みたいに何度も頷く。
「絶対そうだ。アラン、おまえ見かけによらず力があるんだな」
「セイが小さいだけじゃない?」
 クスクス笑ってそう言うと、セイがベッと舌を出した。
「ああそうさ、チビはどうせ軽々と持ち上がるんだ」
 不機嫌そうに唸るセイを見て、アンドリューが両手をセイに向けてニヤッとする。
「なるほど、いい手だな。水色頭を黙らせるには顔つぶしの刑が一番だ」
「するなよ! 首が抜けそうだったんだから。おまえら、せめて名前で呼べよな」
「ごめん、セイ」
 ぼくはセイの水色頭を見下ろして、クスクスと笑って謝った。
 セイはむっつりと眉間にしわを寄せたまま、ぼくの手を持ち上げる。
「水は出るし、意外に力は強いし。どこが特別なんだ?」
「別に、特別なことないよ。ただちょっと変わってるだけ」
「矛盾してるぜ」
 セイが怪訝そうな声を出す。
 ぼくは目線をそらし、手を引っ込めた。
「それはそうと、何の用なのかな?」
 何気なく話を変えたら、セイがぼくの手から目を離したので、ほっとした。
「そのうざったい前髪、切られるんじゃないか? ダーラは床屋なんだぜ。オレのこれもよく切らせろって追い回されるんだ」
 セイは自分の長いもみあげを持ち上げて、苦笑いする。
「僕もよく言われるよ、男らしく短くしなさいってね」
 アンドリューが金髪を指で切るふりをし、同じように苦笑いした。
 まるで本当の兄弟のように似ている表情に、ぼくもつられて苦笑いする。
 そして、また質問をした。
「どうしてそんなに伸ばしているの?」
「願掛けかな」
「うん、願掛け」
 二人は互いに頷いただけで、それ以上は言わなかった。

 ぼくは二人について、ダーラさんの家へ行った。
 大通りの隣の通り、入って二つめの赤い屋根の家だった。茶色の扉の上には、はさみの形をした看板がかかっていて、その下には「理容店」と書いてある。
 家の周りには植木鉢がたくさん並んでいて、色とりどりの花が咲いていた。
 その中に、ランスさんの部屋で見つけたピンク色の花があった。エリックとラルフは、自分の家から摘んだらしい。
 セイが玄関扉を軽く叩くと、勢いよく扉が開いた。
「やっと来たのね! 待ってたわ」
 満面の笑みのダーラさんが飛び出して、その後すぐに双子がアンドリューに向かっていった。
 まるで磁石が鉄にくっつくみたいに、アンドリューと双子がぶつかる。
 あっ、という顔で仰向けにされたと思いきや、頭を打つ嫌な音をたてて、アンドリューが地面に倒れた。
「エリック! ラルフ!」
 ダーラさんがすぐにキーキー声で怒鳴り、エリックとラルフを掴んでアンドリューから引き剥がす。
 白目をむいて倒れるアンドリューに、最初の頃の王子様のような印象は、完全にぼくの中から消えた。
 ぼくはセイと目を合わせて苦笑いし、人差し指をアンドリューに向けると、くいっと動かした。
 その動きにつられるように、アンドリューの上半身が起き上がり、軽く腕ごと振ると、ついに全身が空中に持ち上がる。
 それを見て、セイが息を呑み、まん丸の目を輝かせた。
「すげっ! マルシェみたいだ!!」
 そう声をあげるセイに、ぼくはちょっと得意げな顔をして笑い、アンドリューを連れてダーラさんの促すままに家の中へお邪魔した。

「さあ、お茶がいいかしら? ジュースがいいかしら。ケーキもあるのよ、ちょっと頑張ったの」
 ダーラさんはぼくらをテーブルの周りに座らせて、キッチンへ向かいながら、鼻歌交じりにそう言った。
 そんな姿に、懐かしい仲間の顔がふと浮かぶ。頭に重たそうな装飾こそはつけていないけれど、その甲斐甲斐しく立ち動く様はそっくりだ。
「アップルタルトがいい」
 セイがテーブルに頭を乗せて、拗ねた口調でそう言った。
 しかし、ダーラさんは人差し指をちっちっと左右に振り、いたずらっぽくウインクする。
「残念、今日はないのよ。セイはダーラママ特製の、搾りたてトマトジュースね。アンドリューは……まあ、いいとして、アラン君は?」
「お茶で。ありがとうございます」
 椅子に腰掛けさせても、何度も倒れそうになるアンドリューを押さえながら、ぼくはそう返事をした。
 双子は相変わらずアンドリューの足元にベッタリと張りつき、時々うーんと唸り声をあげるアンドリューを見張っている。
 アンドリューが起きたら、一瞬で椅子から引きずり落とされそうだ。ぼくはさらにアンドリューをしっかりと押さえた。
「この子たち、アンドリューによく懐いているのよ。懐いているというか、もうオモチャのひとつのように思っているのかしら。ほら、アンドリューったら、外見は素敵なのに、時々子供みたいに意地になることあるでしょう? 反応が面白いのよ……あら、ごめんなさい。でも、本当にアンドリューがお気に入りみたいでね。この子たち、本当に悪戯っ子だから、酷い時なんて、アンドリューの行くところ全てに爆竹を仕掛けたりしたのよ。まあ……その件については、セイも一枚噛んでいたようだけれど。メリサがかんかんだったわ」
 ダーラさんは、ティーカップを並べたり、ケーキを取り出したりと、忙しなくお茶の準備をしながら、絶え間なく話し続けた。
 ……いつも思うけれど、女性のおしゃべりはすごいな。
 ぼくの隣で、セイがニヤニヤしながら口を挟む。
「だって、アンドリューは一番大げさに驚くから、からかいがいがあるんだよ。それに、マルシェなんかにしたら、どうなると思う? 消し飛ばされるぜ」
 そう言って、ぼくににやりとする。
 ダーラさんがお茶を運んできて、こら、とセイの頭を軽く叩いた。
「マルシェさんって、怖い人なの?」
 目を細めて唸るセイに、ぼくは問いかける。
 すると、セイは勢いよく丸めていた背中を伸ばした。
「怖いも何も! 化けもんだって」
 牙をむくように口を開けてみせるセイに、ぼくは苦笑いした。
「そんなに怖い?」
「怖いっていうか、恐ろしい。おまえ、一緒に居たのにわからなかったか? あいつ、絶対殺しても死なないタイプだ。どんなに大怪我したって、三日も寝てれば治るんだもんな。ミュータントとしても半端じゃないし、自分の過去を誰にも話さない。何より、あの性格だ。自分がそうと決めたら誰が何と言おうと曲げない」
 ようするに自分勝手なんだよ、とセイはそう言い、胸の前で腕を組んだ。
 確かに、とぼくは思わず小さく吹き出す。
「死なない人なんて居ないわ。命は永遠じゃないのよ」
 ダーラさんはそう言って、トレーからぼくのほうへお茶を運んだ。
 ぼくは軽く頭を下げて、それを受け取り、ダーラさんのその言葉を頭の中で繰り返す。
 ――命は永遠じゃない……そう、生き物の命は永遠じゃないんだ……。
 少し、さっきのランスさんとの会話がぼくの中に戻ってきた。
 セイと普段通りに接するように、努力はしたけれど……どうしても、ぼくの仲間がセイの家族を奪ったという罪悪感が、ぼくのセイに対する対応をおかしくさせるような気がする。
 ぼくは表情に気持ちが現れないように、顔をうつむかせた。
 その途端、テーブルの下でまったく同じ顔でぼくを見上げる、エリックとラルフが目に入った。
 ぽかんとするぼくに、双子はまるでタイミングを打ち合わせしたかのように、揃って声をあげた。
「「変な頭!!」」
 出会った時と同じ言葉に、ぼくは思わず顔を引きつらせる。
「こら!」
 ダーラさんが慌ててテーブルの下に滑り込み、双子を引っ張り出した。
「アラン君も、セイの髪も、これは個性なの、変なんかじゃないのよ! そんなこと言う子、ママは許しませんからね!」
 そう言って、強烈なげんこつを落とす様を見て、セイがニヤニヤと笑う。
 しかし、すぐに「あなたもよ」とダーラさんにげんこつをくらい、セイは「なんでだよ」と不機嫌そうに表情を曇らせた。
「ごめんなさいね」
 ダーラさんは申し訳なさそうに眉を下げ、ぼくにそう言う。
「いいんです」
 ぼくは微笑んで、首を横に振った。
「あの、ダーラさん、お願いがあるんです」
「なあに? 私に出来ることだったら、なんでもするわ。アンダーグラウンドの基本は助け合いだもの」
 ダーラさんは微笑み、快く頷いてくれる。
 その反応に、ぼくはほっとした。
 そして、さっきから密かに思っていた願望を、口にする。
「ぼくの髪を、黒く染めてくれませんか?」
 ぼくの言った言葉に、げんこつをくらってそっぽを向いていたセイが、目を見開いてこっちを向いた。
「あ、あの、あと、もう少し前髪を切って欲しいなって」
 驚きの視線にぼくは苦笑いしつつ、自分の前髪を少し持ち上げる。
 目にかかる前髪は、前から長すぎるとは思っていたから、ちょうどいい機会だ。
 セイが身を乗り出して、ぼくの顔をじろじろと眺めた。
「おまえ、気にしてたのか? 髪のこと」
「ううん、そういうわけじゃないんだ……ただ、過去の自分に区切りをつけたいだけ」
 そう言うと、セイは納得したようだったが、少し寂しげに眉を寄せた。
 ようやく見つけた同類だっていうのに、という顔だ。どうやら、セイも少なからずとも自分の頭の色を気にしていたらしい。
 ぼくは少しセイに申し訳なく思いながら、お願いできますか? ともう一度ダーラさんに目を移した。
「任せてちょうだい」
 ダーラさんはそう言って、にっこりと笑った。



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