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 なぜ、髪を黒く染めようと思ったのか。
 それは、実はぼく自身でも、良くわからないのだけれど。
 過去の“ゼルダ”であったぼくとは違うという、自分自身への証明、そして、変わりたいという願望からだと、なんとなくそう思う。
 正直、ただ髪を染めただけで、ぼく自身がそう簡単に変わるとは思わない。ましてや、ぼくはロボットだ。
 インプットされたプログラムは、手動で変更がない限り、変わることはない。
 それでも、ぼくは変わりたかった。
 もう“ゼルダ”とは呼ばれない自分が欲しかった。
 ただ、情けなく、人の指示なしでは動けなかったぼくを、やめたかったんだ。
 自分の意思をしっかりと持って、ぼくの道を行きたい。お父様の決めた道ではなく、ぼくの“生きる”ための道を。

 お茶をすませた後、ダーラさんはすぐにぼくの願いを実行してくれた。
 ぼくの髪は元々伸びないものだから、人のものと違うと思われるかと、最初は緊張したけれど、どうやら化学班の最新技術は、プロの目をもごまかしたようだった。
 ただ、ダーラさんに「失恋からの思いかしら?」と聞かれた時には、少しあせった。
 ダーラさんは髪を梳かすたびにぼくの髪をしげしげと見つめ、しきりに「本当にこの色なのね、セイと同じだわ」と呟いていた。
 ぼくが髪を染めてもらっている間、アンドリューは相変わらずぐったりしたまま双子に顔をつねられて遊ばれていたし、セイは、トマトジュースと格闘していた。
 コップにたっぷり注がれたトマトジュースを前に、セイは嫌そうに唸っている。
 こっそり双子に飲ませようとすると、まるでセンサーでもついているかのように、ダーラさんが振り向いて「好き嫌いはダメよ」と言うものだから、双子の実況によると、セイは鼻をつまんでトマトジュースを流し込んだようだった。
 セイがすぐに大きな音をたててテーブルに頭から倒れたので、その音にぼくは驚き、振り返ろうとした。
 しかし、ダーラさんはがっしりとぼくの頭を掴み、元に戻す。
「ちゃんと前を向いていてちょうだい、肌まで染まりたくなりたくないでしょう」
 思った以上の力に、首が取れるかもとひやひやしつつ、ぼくは大人しく前を向いた。
 後ろで双子がセイをからかっている。どうやら、セイはトマトが泣くほど嫌いだったらしい。
 その時、ふと横に目をやると、クリーム色のカーテンの向こうに、大柄な人影が見えた。
 窓越しに見たその影には、見覚えがある。最初に来た時に、ぼくを撫でてくれた人だ。
「ブリッジスさん?」
「ええ、お隣はブリッジスのお店よ。二階は自宅。彼、仕立屋をしているの。服が欲しかったら彼に言えばすぐ作ってくれるわ。あのごつい手で針と糸を巧みに操るのよ、ちょっと笑っちゃうわね」
 ダーラさんはぼくの髪を引っ張り、クスクスと笑った。
 ブリッジスさんが、ぎろりとこっちを睨んだ。いや、今までの話を聞いていると、どうやらブリッジスさんからすれば、単に見ただけらしい。
 見かけと中身がこれほど合っていないとは、失礼だけれど、本当に笑ってしまう。
 ぼくは小さく吹き出し、窓の向こうのブリッジスさんに少し頭を下げ、また目線を元に戻した。
 双子が後ろで騒いでいる。セイが「引っ張るな!」と言ったので、あのもみあげを遊ばれているのだとわかった。
「アラン君、キヨハルさんには会った?」
 突然、ダーラさんが問いかけてきた。ダーラさんの手が、ぼくの長い前髪を引っ張り、ピンで押さえつける。
「え?」
 ぼくはその質問に、間抜けな声をあげてしまった。だって、キヨハルさんに、会った? だって?
「その様子だと、会っていないのね」
 ダーラさんがクスクスと笑う。
 ぼくは頷いた。
「だ、だって、キヨハルさんは……」
「そうね、彼はもうこの世には居ないわ……でも、死してなお、彼はみんなの信頼と愛情を受け続けているのよ」
 ダーラさんは安らかな表情でそう言って、手のひらでそっとぼくに目隠しをする。
「さあ、目をつむって。楽しみはたくさん待ってからが一番嬉しいわ」
 ダーラさんのその言葉を聞き、ぼくはゆっくりとまぶたを下ろした。

「ブラック・アランか」
「アラン・ブラックか」
「アラブラ」
「からかわないでよ」
 何度もぼくの髪を掻きむしるセイとアンドリューにむかって、もううんざりだ、とぼくは言った。
 髪を染め終わり、ダーラさんの家から出てからずっと、セイと目を覚ましたアンドリューは、ぼくの髪を引っ張ったり、くしゃくしゃと掻いたり、からかうようなことばかりしてくる。
 ぼくは黒く染まった前髪を持ち上げ、近くの家の窓に映る自分を覗き込んだ。
「そんなに変? ぼく」
「いや、良く似合うよ」
 アンドリューが振り返り、ニヤッと笑う。
 しかしその隣で、セイが「前のほうが良かったぜ」と唇を尖らせた。
 今まで、自分だけ特殊な髪の色をしていたことは、言葉には出さなくとも、やっぱり少しは気にしていたらしい。
 セイは自分の水色のもみあげをつまみ、ため息を零した。
「あーあ、オレも染めてもらおうかなぁ」
「黒にか? ブラック・セイ」
「どうせ似合わないよ」
 セイはニヤつくアンドリューを小突いて、ぼくのほうを向いた。
「そういえば、おまえ、今日どこに泊まんの? センターに部屋借りるか?」
 セイの言葉に、ぼくははっとした。
 そうか……人は眠るもんな。ぼくばかり起きていたって、怪しまれるだけだ。
 本当は、寝なくなって、疲れていないから、どうってことないんだけれど……。
「そうだね……ぼくにも、貸してくれるのかな」
「ああ、大体アラン君のことは噂になっているからね。もう用意されているかもしれないよ」
 アンドリューが頷き、背後に見えるセンターを指す。
 ぼくは、なんだか受け入れられたような気がして、それがすごく嬉しくて、思わず満面の笑みを零した。
「じゃあ、そうしようかな」
「おう、じゃあ遊びに行ってやるよ。覚悟しとけ」
 セイがニヤッとして、ぼくに拳を向ける。
 ぼくは苦笑いしてセイの拳に拳を軽くぶつけて、扉は開けっ放しにしておこうと決めた。

 それからぼくは、三人ですぐにセンターへ行き、部屋をひとつ貸してもらった。
 管理をしている女性に、何号室がいいかと訊かれ、ぼくがなるべく入り口に近いところ、と言ったら、いたずら小僧の爆撃に注意してね、なんて笑顔で言われ、入ってすぐの060号室を貸してもらった。
 階段を上るランスさんの部屋の近くで、階段のすぐ下だ。
 セイに鍵をひったくられて、追いかけて中に入ると、造りはランスさんの部屋とほぼ同じだった。
 セイはさっそく綺麗に整えてあるベッドにダイビングして、その上からアンドリューに座られてもがいていた。
 ぼくはその部屋で、二日を過ごした。
 センターの中は、とても賑やかだった。住み初めの日なんて、三十分に一回は誰かが覗き込んできた。
 ダーラさんも来てくれた。かごにたっぷりの食材を持って、扉を開けるなり、やっぱりよく似合ってるわ! とぼくの前髪をくしゃくしゃとした。
 ダーラさんは台所にかごを置き、中にトマトが入っているから、セイがいたずらをしたら顔に押しつけてやりなさい、と言って帰っていった。
 それからすぐに、セイとアンドリューがまたやってきた。今度は、妹のメリサも一緒だった。
 髪を黒く染めたぼくを何度も何度も見回し、メリサは不機嫌そうに唇を尖らせていた。
 どうやら、また一人友人ができたことで、大好きなお兄様と居る時間が減ることが、何よりも嫌らしい。
 ぼくらは四人で食事をとった。アンドリューはとても料理がうまく、フライパンを振ったりするたびにメリサがキャアキャアと黄色い声をあげていた。
 食事がすみ、何時間か話しこんだ後、三人はそれぞれの家へ帰っていった。
 今まで賑やかだった部屋が急に落ち着いて、ぼくは少し、寂しく思った。
 皆が寝るために、街や、センター内の明かりが消えた頃、ぼくは寝ることもできず、ただ椅子に座ってぼんやりと自分の手のひらを見つめていた。
 今、ここに居る自分が、なんだかとても不思議に思えた。少し前までは、すべてお父様が正しいと思い、この世界の現状維持のために、人を殺していたというのに。
 テーブルの上にひとつだけ置いた、優しい色のランプを見つめているうちに、ぼくも自然とまぶたを閉じていた。
 二日目は、朝部屋から出るなりエリックとラルフが飛びついてきた。
 ぼくの背中と腹にくっついて降りようとしないものだから、ぼくはほぼ午前中双子をくっつけたままアンダーグラウンドをうろうろしていた。
 どうやら、双子にはアンドリューに代わるおもちゃができたらしい。
 アンドリューとセイは、すぐにぼくを見つけてくれた。メリサは居なかった。アンドリューによると、メリサはいつも昼過ぎにならないと起きてこない、とのことだった。
 センターのほうから、ちょうど十二時を告げる金が鳴る頃、ブリッジスさんと出会った。
 相変わらず体が大きく、顔は怖い。だけど、すれ違いざまに挨拶をすると、またぼくの頭を大きな手で掴むように撫で、よく似合う、と言ってくれた。
 双子はブリッジスさんの肩に乗り移って、昼食のために家へ帰っていった。
 午後からは、ぼくの部屋に来て、三人でカードゲームをしたり、アンダーグラウンドのいろいろなことをきいたりした。
 街が年々大きくなってきていること、初めてアンダーグラウンドへ来た時のこと、個性豊かな住民、そして、キヨハルさんのこと。
 いまだ謎の多い、その人の話は、とても興味深かった。
 アンドリューが言ったことを簡単にまとめると、キヨハルさんは人前で寝ない、絶対に笑顔を崩さない、どんな人であろうと苦しんでいたらとにかく助ける。
 セイが言ったことは、キヨハルさんはミュータント能力がとても高い。が、意外とぬけている。キヨハルさんの唯一の悩みは天然パーマ。悩み事はすぐに零す。どうしようかなぁ、が口ぐせ。
「つまり、人は見かけじゃないんだよ。おまえだってそうじゃん。ひょろっちいくせに、意外とスゴイ」
 セイはケラケラと楽しそうに笑って、椅子のせもたれに寄りかかった。
 ぼくは一応、苦笑いしておく。
「アンドリューなんか、見かけはましなくせに、中身はへなちょこ」
「水色頭に言われたくないね」
「せめて名前で呼べって言ったろ。能力は認めるよ、だけどこの性格はなぁ。歳のわりに子供すぎるぜ」
「仕方ないだろ、性格なんてそう簡単に変えられるもんじゃないんだよ」
 さんざんのセイの言い草に、アンドリューは胸の前で腕を組み、ふん、と鼻を鳴らした。
 確かにその通りだよ、とぼくは頷く。
「個性があるからこそいいんじゃないか。ぼく、君たちのその性格、好きだよ」
 にこっと笑ってそう言うと、セイが青い瞳をまん丸に見開いた。
 その後、同じような表情をしていたアンドリューが、突然クックッと笑いだす。
「な、何?」
 ぼくは何か変なことを言ったのかと、首を傾げる。
 すると、セイがニヤッと苦笑いした。
「おまえ、時々恥ずかしいこと言うよな。キヨハルさんにそっくりだ」
 セイの意見に、アンドリューも頷く。
「ああ、キヨハルさんもよく言っていたよ。個性は素敵なんだって。僕は君たちが大好きだって」
 そう言って、アンドリューは優しく微笑む。
 なるほど、どんどんキヨハルさんという人が見えてきた。
 つまり、果てしなく優しくて、果てしなく凄い人だということだ。

 アンダーグラウンドに来てからの毎日は、楽しみと、好奇心でいっぱいだった。
 セイとアンドリューと居ることは、いつの間にか当たり前になっていたし、ランスさんに連れられて、いろんな仕事場を見に行ったりした。
 いろんな人の仕事を手伝ったり、一緒に食事をしたり、過去の話を聞いたり、もちろんキヨハルさんの話も聞いた。
 マルシェさんの様子はどうかと、いつもの三人でお見舞いに行こうとしたこともあったけれど、ついに入り口付近、というところで、前歯のとび出た小柄なおじいさんに、入るなと大声で怒鳴られた。
 どうやら、あの人がマルシェさんの言っていた「ジジィ」さんのようだ。
 それからは、ダーラさんの所へ行って、双子と遊んだり、アンドリューがメリサの襲撃から逃げる手助けをしたり、妨げるいたずらをしたり(これはセイがほとんど一人で行っていた)、センターの中を見学したりした。
 ヴォルトはどこかと、一人でセンターの中をうろうろしたこともあった。だけど、危ないから立ち入り禁止、というところもあり、結局ヴォルトがどこに行ったのかもわからなかった。
 さすがに、「ロボットを造れるような場所はあるか?」と訊くわけにもいかず、結局マルシェさんの復活を待つしかないらしい。
 それからぼくは、毎日のように何かの仕事の手伝いをした。ブリッジスさんの家へ行って、服を作る手伝いもしたし、公司館の地下三階で出会った、ボルドアさんのもとへランスさんと行って、コンピューターをいじったりもした。
 知識を詰め込んで造られたぼくは、どうやら少なからず役に立っているようで、センター内のコンピューター室では、いろいろな人の質問に答えたり教えたりしていた。
 ぼくはなんだか嬉しくなり、それからは呼ばれるたびに、センターのコンピューター室で仕事の手伝いをするようになった。
 こうしてぼくは、徐々にアンダーグラウンドの生活に、慣れていった。



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