053
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 辺りに、何人もの悲鳴が重なって響いた。
 ぼくも同じように叫び出したかった。
 しかし、ただ駆け寄ってヴォルトを抱き上げるぐらいしか、できることがなくて。
 足元に転がるヴォルトは、黒い瞳を見開いたまま、ピクリとも動かない。
 首や関節は折れ、そこから毒々しい色の液体が流れ出し、色のついたコードがむきだしになっている。
 肌にはいくつもの切り傷や擦り傷があるし、明らかに今の衝撃でない傷も、たくさんあった。
 やがて、子供が投身したことで悲哀の声をあげていた人々も、ヴォルトを覗き込んで、怪しむように小声話を始めた。
 ヴォルトの正体が街中に広まる前に、ぼくはヴォルトをかき集め、すべてを持って公司館の中へ入った。








 酷い、


 酷いよ、


 酷すぎる!




「お父様!!」



 ぼくはヴォルトを抱えたまま、お父様の部屋へ怒鳴り込んだ。
 シーンと静まり返った真っ暗闇の中で、カチカチとキーボードを叩く音だけが響く。

「どうした」

 しばらくたってから、お父様の太い声が聞こえた。
 ぼくはぐっと顔を顰め、口を開く。
「ヴォルトが、」
 一言そう言うと、突然口を塞がれたように声が出なくなった。
 お父様に押さえつけられたのだ。
 ぼくは抵抗せず、黙ったままお父様の返事を待つ。
 カチカチと休むことなく響いていたキーボードの音が、一瞬途切れた。

「そのままにしておけばいい」

 お父様は冷たく、そう言い放つ。
 そして再び、キーボードが鳴り始めた。
 ぼくの怒りはすでに頂点に達していた。
 しかし、今にも駆け寄って大声で叫びたいのに、どうしても体が動かない。
 ぼくら造られたものたちの、これが証だ。
 ぼくはいらいらと眉を顰めながら、暗闇に目を凝らす。
 こんな時ヴォルトだったら、体がバラバラになる覚悟で、この体を前に進ませ、お父様の胸ぐらでも掴んで怒鳴り散らすんだろう。
 そんなことが、このぼくにできるだろうか?




 できるわけがない。






 ぼくは弱い。








「……失礼します」





 ただ一言そう言って、ぼくは、

 情けなく、部屋を出て行った。



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