052 ぼくが再び一階へ上り、あの螺旋階段に辿り着く頃には、まだロビーに残っている二人の姿が見えた。
本当だ、マルシェさんの言う通りだ。二人とも待ってくれていた。
「急げ!!」
螺旋階段を滑るように駆け下りてくるぼくを見て、ランスさんが叫んだ。
最後の二、三段を飛び降り、一気に扉まで駆け出す。
「走って!」
無事に合流して、また二人の背中を押した。
どうか、あの牢獄が壊れませんように。
そして、ついに出た。扉の向こうへ。
外の世界へ!
公司館の周りには、大勢の人ごみができていた。
幸い、ほとんどが崩れてきている公司館を見上げているため、ぼくらに目がいった人は、あまり居ないだろう。
ぼくは急いで人の目につかないところに二人を押して行き、一息ついた。
さぁ、最新技術で造られたぼくの能力を、最大限に発揮するときだ。
ぼくは皆に「しばらく待って」と伝え、瞳を赤く染めた。
見つけ出す。安全な逃げ道を。
地下世界のすべての地図が、ぼくの中に広がっていく。
細い線で描かれた立体地図の上で、現在動いている人間の数、動物の数、すべてが表示される。
どこに誰がいるか、集中すればすぐにわかる。
さあ、見つけ出せ。
今、どこが一番安全か……――
「――見つけた」
ぼくの瞳が、徐々に緑色に戻っていく。
ぼくは顔を上げ、人気のない路地裏を指さした。
「A25番広場前ロブロフの酒屋、その横の路地を行くんだ。あそこは廃墟が多いから隠れるのには最適だ。行けば表札がある、そのままその道をまっすぐだ。ぼくもすぐに追うから、行って!」
ぼくは一気に言い放ち、二人の背中を押した。
二人は一瞬ためらったようだが、ぼくを置いて走り出した。
ほこりにまみれた背中が、振り返らずに遠ざかっていく。どうか誰にも見つかりませんように。
ぼくは二人の背中が見えなくなるまで見守り、そして公司館の前に人ごみにまぎれて飛び出した。
マルシェさんを助けに行かなきゃ――一刻も早く、ヴォルトが公司館を壊してしまう前に……!
「見てよ、あれ!」
「なんてひどい!」
人ごみの中では、甲高い女性の声が飛び交っていた。
そんな悲鳴に気をとられ、ぼくも公司館を見上げようとした、その時、
まるで地下の天井が崩れてきたような、大きな爆発音が轟いた。
その衝撃で、ぼくらの足元もグラグラと揺れる。何人もが悲鳴をあげ、その場に倒れこんだ。
ぼくはなんとかバランスを保ち、頭を守るように腕をかかげ、公司館を見上げた。
公司館の外壁に、大きな穴が開いている。予想していた四階より、だいぶ上のほうだ。
その中心に、ヴォルトが居た。こちらに背を向けて、公司館の中を睨んでいる。
「ヴォルト!」
ぼくが思わずそう叫びだしそうになった時、ヴォルトが振り向いた。
そして、一瞬だけぼくを見つめ、にやっと苦笑いして、口に指を当てる。
話すな。そう言っている。
そうか、ぼくもこの計画に参加しているのがばれたら、ぼくもヴォルトも処分される。
どちらかがマルシェさんを助け出し、そして逃げ出した三人をもっと安全なところへ案内しなくてはならない。
でも、それでも……――
ぼくはぐっとこぶしを握り、今にもヴォルトを助けに行きたい衝動を抑えた。
ぼくは何もできない自分が弱虫に思えて、すごくいやだった。
だけど、これまでのヴォルトの行為を無駄にするわけにはいかない。
どうしよう、どうしたらいい?
ぼくは必死に対策を考えながら、誰かに助けを乞うように、情けなくあちこちに目線を走らせていた。
落ちてくる瓦礫を避けて走り回る人々、何人もの公司に追いつめられて、それでも立ち向かうヴォルト。それを見て、悲哀の声をあげる人々――。
心底、自分が嫌になる。
人より優れた能力を持って生まれてきたはずなのに、
いざというとき、ぼくは無力だ。
ぼくに……ぼくにできることはないのか……――?
ぼくは縋るような思いで、再びヴォルトを見上げた。その時、ヴォルトがぼくのほうへ振り返った。
真っ直ぐにぼくを見て、いつものように生意気そうに笑う。
「じゃあな」
ヴォルトが、小さく手を振った。
ヒュウ――と風を切る音と共に、
ぼく目の前をヴォルトが通っていった。
ぼくが必死で伸ばした手は、
虚しく人ごみに呑まれただけだった。
重いものが地面に衝突する音がして、
ぼくがゆっくりと足元に目を移したときには、
ヴォルトが、ばらばらになって横たわっていた。
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