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 ロストさんについて行き着いたのは、ぼくらが行こうと思っていた、三階のラボラトリーだった。
 扉に触れることなく、ロストさんは中へ入っていく。ぼくもそれに続き、その後ヴォルトが中へ入った。
 ため息のような音と共に、扉が閉まる。それを見届け、ぼくはロストさんへ目を戻した。
「さて」
 大画面の前で、ロストさんが振り向く。
 深くかぶったシルクハットが取られると、左右色の違う両目が、不思議と光っているように見えた。
「まずは、君たちの魔法をとかねばならないね」
 にっこりと愛想良く微笑み、ロストさんが言った。
 突然の言葉に、ぼくはヴォルトと顔を見合わせる。
 すると、ロストさんは包帯の巻かれた手をぼくらの目線の位置まですっと上げた。
 自然と目が惹きつけられた。気づけば、ぼくはただじっとその手の行方を見つめていた。
「さあ、思い出してごらん。君の兄弟が最後に残した言葉は、何だったかな?」
 その時、酷い耳鳴りのような音が響いたと思ったら、突然頭の中にもやがかかった。
 頭がパチパチと音をたてる――兄弟――ぼくの兄弟……?
 GXのことかな……――最後に残した……シオン――。
「あの方を、どうか助けて……――」
 無意識のうちに、ぼくはその言葉を呟いていた。
 その瞬間、まるで何かが弾けたような音がして、ぼくらの瞳が瞬時に赤く染まる。
「パスワード!? 何かが解けた!」
 二重に重なったような声がぼくから飛び出した。そして意思とは関係なく腕が持ち上がり、ロストさんの後ろのモニターへ向けられる。
 またパチンと弾ける音がして、モニターの下から細いコードが飛び出し、そしてぼくの腕に突き刺さった。
 ぼくが引き寄せたんだ。どうやらヴォルトも同じようだ。突然自分に接続されたコードを、目を丸くして見つめている。
 ぼくは体の中に何かが取り込まれるのを感じながら、恐怖に顔をひきつらせ、笑みを崩さないロストさんを見つめた。
 ロストさんは目を細めてぼくらに微笑みかけ、胸元から何かを取り出す。
 金の鎖に繋がったそれは、大きめの懐中時計だった。短針に赤の、長針に青の宝石が、それぞれ先端に埋め込まれている。
 時計の秒針の音が、妙に大きく感じる――ぼくは唸るような音をたてる部屋の中心で、いつの間にかその秒針にだけ魅入っていた。
「さあ、少しの間、行っておいで」
 ロストさんがそう言うと、ゆっくりと長針が逆周りを始める。
 包帯の巻かれた手が目の前を過ぎった。それからぼくは、何も見えなくなった。


 ――一体何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
 ぼくはまるで水に浮いているような感覚のまま、ただ暗闇を漂っているように思えた。
 ただわかることは、シオンがぼくらに何か伝えたいことを残していたということ。
 そして今、ぼくらがそれを知ろうとしていること。
 逆に回っていた懐中時計の長針が思い浮かぶ――逆周りということは、まさか過去のことを知ろうとしているのだろうか……?

 その時、ほのかに辺りが明るくなった。
 だけど、何か違和感がある。どうやら目をつむっていたようだ。ぼくはまぶたを上げた。
 そこで見たのは、大きなビルの立ち並ぶ、ほこりをかぶった街の風景だった。
 これは映像……? ぼくは何を見ているんだろう。
 ぼくは振り返った。背後にも街がある。ということは、モニターを見ているわけじゃない。
 ぼくが何らかのデータに取り込まれているんだ。
 どこか色褪せた、見覚えのない街――ぼくらは決して人のように夢を見たりはしないけれど、夢を見たとしたら、こんな感覚なのかな。
 ぼくは足音のしない映像の中を、ゆっくりと歩きだした。
 人が一人も居ない。というか、この街には誰か住んでいるのだろうか?
 風が吹き、足元で紙くずが飛んだ。風――テイルのものではない。この映像は古いものだし……きっと、ここは地上世界なんだ。
 道路には大破した自動車や瓦礫が転がる。見上げれば、ガラス窓の割れたビルばかり……民家のようなものは見えず、ただ高層ビル群の向こうに小さく空が見える。
 その空もまた色褪せ、ちぎれた雲が所々を飛んでいた。
 これは本物の空なのかな――確かな色はよくわからないけれど、確かに地下世界の空とよく似ている。
 足元の紙くずを拾おうとしてみたが、やはり触れなかった。やっぱり、これは何かに記憶されたデータだ。
 ぼくは何か情報はないかと、近くの廃れたビルへ歩み寄った。
 ガラスの扉は、まるで叩き割られたように大穴が開き、内側へガラスが散らばっている。
 ガラスに触れてみた。ぼくの手はすんなりとガラスを通り抜け、そしてぼくは体をガラスの向こうへ進ませた。
 どうやら、銀行のようだ。しかしまるで強盗に会った直後のように、中は相当荒らされている。
 ぼくは壊された長椅子の側を通り過ぎ、掲示板のほうへ向かった。
 ビリビリに破かれた紙ばかりだ。足元に散らばっているものも集めたいけれど、触れることはできない。
 ぼくは茶色く変色した紙に顔を近づけ、かろうじていくつか残っている文字を見つめた。
 十八日、総理……工業地帯――政府では……戦争――兵器――生……人間――子供たち。
 インクの滲んだ文字は、そのぐらいしか読み取れなかった。
 戦争――戦争があったのだろうか。だからこの街は、廃れてしまった……?
 戦争に、子供たち――人間……? 一体何が言いたいのだろう。
 ぼくは屈めた体を起こし、そして今度は足元へ散らばる紙くずへ目を移す。
 その時、ちょうど割れた扉から風が吹き込み、一枚だけ完全な紙をふわりと浮かせた。
 風に乗せられ、表を向く。
 ――その瞬間、ぼくは目を疑った。
 それは、古ぼけた指名手配書だった。
 太い“指名手配”の文字の下に、誘拐、強盗、器物損害、建造物損害、侵入罪と文字が並ぶ。
 そしてその下に、一人の男性の写真が印刷されていた。
 そして右下端に見つけた、燐正3057年の表示……――そんな、バカな。
 だって、どうして2000年も前に、この人の写真があるんだ……――!?

 ――ゆるくウェーブのかかった黒髪。飾り気のない、柔らかい笑顔……――


 タツミ=キヨハル


 ぼくは写真の下のその名前から、目を離せなかった。



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