第二章 紅茶伯爵と不思議な屋敷
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 少年がすうっと息を吸い込むと共に、胸が軽く膨らむ。その気配を感じ、ニルギリはまぶたを上げた。
「そうして呼吸を出来ることの幸せ、この手でぬくもりを感じる幸せ。何より、今という時間を伯爵さまのお側で生きることができて、私はとても、幸せです」
 ニルギリはそう言って、また嬉しそうに笑顔を輝かせた。

             *

 足も、手も、顔まで、ばんそうこうだらけだ。
 腫れた膝を包帯でぐるぐる巻きにされたために、何だか動きがぎこちない。
 少年はニルギリと共に部屋を出て、改めて傷の隠れた自分の体を見回した。
 ニルギリが静かに扉を閉める。つい、「ありがとう」と言いそびれてしまった。どうも言葉が出て来ず、一人で戸惑っていると、ニルギリがまたくるりとこちらを振り向いた。
 そして突然スカートのはしを軽く持ち上げ、深々と頭を下げる。
「申し遅れました。私、ニルギリと申します。どうぞニルとお呼びください」
 いまさら名乗らなくても。少年はそう思いつつも、「はぁ」と気の抜けた返事をしておいた。
「お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
 ニルギリはすぐに体を起こし、覗き込むように少年を見上げた。
 突然の至近距離に、少年はつい体を引く。
「だ……ダ、ダージリン。ダージリン・オータムナル」
 少年はどもり気味に答えたが、すぐに本名で名乗ってしまったことを後悔した。
 バレてしまっただろうか。しかし恐る恐るニルギリに目を戻すと、ニルギリはぱぁっと顔を輝かせ、胸の前で両手を合わせた。
「すてき! アールグレイとダージリンだなんて、とても運命を感じますわ!」
 ニルギリは目をらんらんと輝かせ、またダージリンににじり寄った。
 女の子が運命的とかそういうものを好きなのは知っているが、このオーバーな反応はやはり、伯爵と似て変わっている。
 ダージリンはそうかなと苦笑いをし、そして今度こそ、「ありがとう」を言うために口を開こうとした。
「ニル」
 しかしその時、ニルギリの後方から別の声が廊下へ響いた。
「ジョルジさま」
 ニルがすぐに振り返り、その名前を呼ぶ。長く続く廊下の先には、全身白っぽい服に身を包んだ男が居た。
 遠くから見ても、何だかたらしでいやみそうな顔だ。あまり好きではない。


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