第二章 紅茶伯爵と不思議な屋敷「ニル、伯爵はどこ?」
「伯爵さまはお庭へ。この時間ならおそらく、ローズ・ティーの」
ジョルジの問いかけに、ニルがすぐに庭を指す。すると、ジョルジの目はそちらを見るより先に、ダージリンの姿を捉えた。
伯爵に似たミディアム・ブルーの瞳が真っ直ぐにダージリンを見つめる。おそらく血縁のある者なのだろう。
「誰? その子」
少しの間の後、ジョルジがニルへ問いかけた。
ニルは体を引き、ダージリンへの道をあける。
「伯爵さまのご友人です」
「違う! 友人なんかじゃない、ただ、本当に、その……おれはただの貧乏人で」
ニルの紹介に、ダージリンはつい慌ててそう言った。あの変人と有名な伯爵と友人というのは、ちょっと、いやかなり嫌だ。
すると、ジョルジは「へぇ」と鼻にかかったイヤミな返事をする。
そしていかにも何かたくらんでいそうな笑みを零すと、足早にダージリンへ歩み寄り、その背後へ回った。
その行動の意味がわからず、ダージリンはとりあえず距離を取ろうと一歩踏み出す。
すると、ジョルジは突然ダージリンのサスペンダーをぐいっと引っ張り、すぐに離した。
パチン! と背中が打たれる。ダージリンが思わず「いてっ!」と声をあげると、ジョルジは声をあげて笑った。
そんなジョルジを睨み上げるダージリンに、ジョルジはまたニヤリと嫌な笑みを零す。
そしてダージリンの頭をぽんぽんと撫でると、ジョルジは小声で囁いた。
「ディンブラ・ブランドの最新作……それをなぜ、ただの貧乏人が身に着けているのかな?」
その問いかけに、ダージリンははっと顔を上げた。しかしジョルジの不敵そうな目と目が合い、すぐに顔をそらす。
「まぁ、好きなようにやんなよ」
ジョルジはそう言ってダージリンの赤茶色の髪を軽く摘み上げると、くるりと背を向けて庭のほうへ向かっていった。
ダージリンはその背中に睨みを飛ばしながら、引っ張られたサスペンダーを調える。
その背後で、ニルがついくすっと笑ったことに気付き、ダージリンはさらに不機嫌そうに顔を顰めた。
――ところで、気付いたことがある。
姉さんの言ったことは、嘘じゃないこともあるようだ。
痛いのはその人の意識の問題だ。そして見るものや聞くものが人や場合によって違うのも、意識の問題だ。
少し気持ちが落ち着いた今、枯れ葉だらけだった壁を見上げたら、そこには金細工のきれいな蔦が巻きついていただけだったんだ。
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