第二章 紅茶伯爵と不思議な屋敷
bookmark


 すると、ニルギリは少年の体を見るなりはっと眉を顰め、少年の手を引っ張った。
「まぁ、ひどい傷! さぁさ、こちらへ」
 少年はニルギリに引かれるままに、早足で伯爵の屋敷へと向かう。
 後ろを振り返ると、植え込みの穴のそばで伯爵は相変わらずにこにこと笑みを浮かべたまま、「いってらっしゃい」と手を振っていた。

             *

 ――外の世界は、何が起こるのかわからない。
 姉さんの言っていたあの言葉の意味を、今、ひしひしと感じている。
 見知らぬ世界、見知らぬ土地、見知らぬ屋敷に、変な伯爵。
 どこかおぼつかない足取りでニルギリの後を追いながら、少年は屋敷の中をじろじろと見回していた。
 さわやかな清流を思わせる大胆な装飾が施された柱は白で統一され、日の差し込む窓は清潔感があり、美しく見える。
 しかし、その逆側。壁のほうはどうだ。この、無意味な葉っぱの山は。
 まるで秋がそのまま壁に張り付いたようだ。壁一面にセピア色の枯葉を貼り廻らせ、色が落ちてもピンと葉先を尖らせている様は、先ほど見てきた枯れても枯れない街路樹に似ていた。
 なぜわざわざ室内にこんなものを。少年は嫌悪感に顔を顰めたが、ニルギリが突然立ち止まったために、少年も慌てて足を止めた。
「伯爵さまのご友人ですか?」
 ニルギリがくるりと振り返り、あっけらかんとした笑顔でそう問いかけてくる。
 どうすれば、傷だらけのこの姿で貴族の友人に見えるのだろうか。ニルギリの左目は予想以上に悪いらしい。
 少年はすぐに首を横に振り、肩をすくめた。
 そして今度は、こちらから質問をする。
「あの伯爵、あれ、その……例の伯爵だよな」
「はい、グレイ伯爵さまです」
 予想通りだ。噂の変人伯爵、やっぱりそうだった。
 とんでもない所に泥棒に入ってしまった、とつい顔を顰める少年に、ニルギリがくすっと笑った。
「大丈夫ですよ。伯爵さまは、とてもお優しい方ですから」
 そしてそう言いながら、枯れ葉だらけの壁に手を這わせる。
 よく見れば、枯葉の隙間に金のドアノブが見える。ニルギリがそれを回し、引くと、扉が開いて部屋が現れた。
 あんなに葉が密集していたのに、何事もなかったかのように簡単に扉が開いた。不思議な葉だ。
「優しい?」
 少年はそんな扉を訝しげに見上げ、ニルギリに問いかける。
「はい、とても」
 ニルギリは短く返事をし、少年を中へと促した。


next|prev

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -