第二章 紅茶伯爵と不思議な屋敷
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 突然の侵入失敗に、少年の顔色が一気に青ざめた。
 今まで、何を盗んでやろう、どうすれば最高に怒られるだろう、などと考えていた自分が、急に世界一のばか者に思えてきた。
 事実、世界一の大ばか者だった。良く考えれば、こんな大きな屋敷に人が居ないわけがなかったんだ。
 しかも最悪なことに、この男、おそらくこの屋敷の主だ。
 男は唇に指を添え、まじまじと少年を見下ろす。それが嵐の前の静けさのように思えて、少年は思わずぎゅっと目をつむった。
「これは珍しい」
 しかし男はまるで関心したようにそう言っただけで、少年に怒鳴り散らすような様子はない。
 ましてや殴りかかろうと腕を振り上げるでもなく、まるで子供のように肩を上げ、にっこりと微笑んだ。
 そしてくるりときびすを返すと、二度手を叩き、向こうへ見える横長の屋敷へ向かって呼びかけた。
「ニル、ニルギリ! こちらへおいで」
 すぐに「はーい」と返事があった。扉の開く音がし、芝生を踏む音が駆けてくる。
 ニルギリ、は、おそらくメイドだろう。それにしてはずいぶん幼さを残した女中で、年ごろは少年とそう変わらなそうだ。
 長い三つ編みをロープのように引きずって、左目が悪いのか、少女にしては珍しいモノクルと呼ばれる片眼鏡をかけている。
 ニルギリは主人を見つけるなり、同時に植え込みに突き刺さった少年を発見し、明るい琥珀色の目を真ん丸く見開いた。
 一時停止はしたものの、悲鳴をあげる様子もなく、またこちらへ駆け出してくる。
 そして男の手前で立ち止まると、ぴたりとかかとを合わせて背筋を伸ばした。
 男はまず少年を振り返り、そして次に屋敷を指す。
「珍しくジョルジ以外の客人だ。ニル、手当てをしてあげておくれ。それと、お茶の準備を」
「はい、伯爵さま」
 ニルギリははきはきとそう返事をすると、体ごと大きく頷いた。
 伯爵、そうか。ここは伯爵家だったのか。こんな道沿いに植え込みひとつ隔てただけの屋敷なんて、泥棒するにはかっこうの場所だが、こう見つかってしまってはもともこもない。
 しかもこの伯爵、かなりの変わり者だ。まさか、まさかだが、変人と噂の、あの――。
「こちらへどうぞ」
 嫌な予感に少年が顔を引きつらせていると、ニルギリがそう言って手を差し伸べてきた。
 地面をかするほど長い三つ編みが、頬に触れる。音がしそうなほどの満面の笑みに引き寄せられ、少年はその手を取った。
 えいやっとばかりに引っ張られ、少年の体は完全に伯爵の屋敷に入り込んだ。
 少年はその手に掴まったまま体を起こし、ズキズキと痛む膝を撫で、立ち上がる。


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