第一章 紅茶伯爵と家出少年 そうだ、いっそ泥棒でもしてやろう。人の家から物を盗むことは犯罪だ。ましてや、頑固そうな貴族の家だったら、かなり。
そんなことを思いながら、少年はニヤリ笑いを広げた。怒られる、と思うだけで、少しわくわくしてしまう自分が居る。
少年は辺りを見回した。まばらに通行人が居るだけで、車も馬車も通っていない。どうせ人は見向きもしないし、見たって通報したりする奴は居ないだろう。
道行く人から、再び植え込みに目を戻した。黄葉もなく、青々とした葉が生い茂る。しかしその先ずっと見ても、門らしきものはない。
入り込むとしたら、この植え込みだ。少年は意を決し、思い切って几帳面に刈られた植え込みにこぶしを打ち込んだ。
枝が細く、すぐに手が入る。少し痛いが、頭を突っ込み、肩を出せば入れてしまえそう。
少年はもう一度振り返り、通行人を確かめた。誰もこちらを向いていない。
少年は植え込みに明けた穴に肘を入れ、また少し広げた。するとすぐに、植え込みの向こう側が見えてきた。
思ったより薄そうだ。少年は腕を突っ込んだまま振り回し、頭の入るほどの穴を作る。
そして両腕を突っ込み、植え込みの向こう側へしがみついた。
両手はしっかりレンガの花壇に掴まっている。少年は大きく息を吸い込み、ついに頭を突っ込んだ。
枝が頬を切り、つい足をばたつかせる。しかしすぐにしがみついた手に力を入れ、体を中へ引っ張り込んだ。
腰がいくつか枝を折る音がする。ズボンが破けたかもしれないが、気にしてもいられない。
肘までが向こう側に出た。少年はレンガを押し、上半身を抜けさせる。
あとは簡単だ。もう少し力を入れて、足を動かして、完全に抜け出るだけ――
その時、ふと顔を上げると、やわらかく手入れされた芝の上に、自分以外の影があることに気付いた。
それは間違いなく――人の影だ。少年はぴたりと動きを止め、そして恐る恐る頭上を見上げる。
するとそこには、ゆるくウェーブのかかった黒髪を顔の横に垂らし、キョトンとした顔で少年を見下ろす男が居た。
「おや」
……ゲーム・オーバーだ。
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