第八章 紅茶伯爵とウィンター・ガーデン ――バカだよ、姉さん。
おれが庭を見つめていたのは、雪が羨ましいわけでも、両親に反抗したいわけでもなかったんだ。
姉さんの嘘を信じて、希望のある未来を信じていた、あの日が、
姉さんと時間を忘れて遊んだあの日が、何より楽しかったからなんだ――
「バカみたいだ……自分の病を治すことを……何で願わなかったんだよ……」
悔しそうに、噛み締めるように呟いたその言葉に、ニルギリが思わずハンカチを差し出してきた。
しかし、ぎゅっと目をつむったダージリンは気付かない。伯爵はそんな二人を見つめ、小さく微笑みを零した。
「言ったろう。彼女はそれほど、歳の離れた弟が大切だったのだと」
そしてゆっくりと腰を浮かせ、必死に声を殺すダージリンへ手を伸ばす。
「ダージ、君はとても愛されているね」
伯爵は優しく囁き、そしてダージリンの頭を撫でた。
包み込まれるような、大きく、暖かい手――こうされるなんて、何年ぶりだろう。
悔しさも、悲しさも、すべてを包み込んでくれるような感覚。ダージリンはもう一度強くこぶしを握り、顔を上げた。
幼い子供のような目を見せたかと思えば、次には伯爵をキッと睨みつけ、その手を払って立ち上がる。
不機嫌な様子のダージリンに、伯爵が一瞬きょとんとした。しかしそんな伯爵に、ダージリンは鼻をすすり、ニヤッと笑ってみせる。
「でもさ、もううんざりだ。つまらないだろ、雪のない冬なんてさ!」
ダージリンはそう言って、冬の扉へ向かって駆けだした。
ニルギリもぱっと立ち上がり、ダージリンの後を追っていく。
伯爵は夏の庭へ飛び出していく二人の背中を見守り、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。
「……子供の成長は早いものだよ、ミス・アッサム」
そして頬を撫でる秋の風に微笑み、話しかけるようにそう呟いた。
*
サマー・ガーデンの砂浜へ、最初のように落ちてきたお茶の道具が並んだ。
どれも相変わらずばかでかく、しかし乱暴に扱ったために、所々欠けてしまっているところもある。
これで、最後だ。ダージリンはオータム・ガーデンから拾ってきたスプーンを手に、その道具たちを見上げた。
そんなダージリンへ、ニルギリが空のティーカップを抱えながら、そろそろと歩み寄ってくる。
「でも、いいのですか? ……お姉さまが、せっかく季節を止めてくださったのに」
ダージリンの顔色を伺いながら、ニルギリが恐る恐る問いかける。
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