第八章 紅茶伯爵とウィンター・ガーデン
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 しかし辺りはバラだらけの庭ではなく、まだ未解決の、秋色の冬の庭。そのちょうど中心だ。
 同じく伯爵も、ニルギリも席についていた。伯爵は平然といつの間にか現れた紅茶のカップを回し、ニルはダージリンと同じく、キョトンとした顔をしている。
 ダージリンは一度ニルギリと顔を見合わせ、そして次に伯爵を見つめた。すると伯爵は紅茶の入ったティーカップを置き、すっとダージリンへ目を移す。
「彼女はね、私に頼みたいことがあると言った。それを話すと先ほどまでの笑顔は消えてしまい、その瞳はそれは不安げで、どこか悲しそうだった。――そして彼女は、願いがあると告げてきた。
「どうか、この世界に冬が来ないようにして欲しいのです」と、彼女はそう言った。突拍子もないその願いに、私はもちろんその願いの理由を聞いた。すると彼女は、こう答えた。
「私には、歳の離れた弟が居るのです」」
 伯爵はそこで、一旦言葉を止めた。見つめるダージリンの顔色は驚きに満ち、その瞳は見開かれたまま、伯爵をじっと見つめ返す。
 伯爵ははっと息をのんだニルギリに目配せし、そして続けた。
「彼女はこう続けた。
「弟は幼いながら、オータムナルのたった一人の跡継ぎ。父や母は躍起になって弟に礼儀作法や学問を教え込んでいます。しかしそれもあの子が可愛いからこそ。それは私もわかっています。ですが、もう見ていられないのです。特に冬になると、あの子は決まって庭を見つめるのです。とてもとても羨ましそうに、大好きな雪の積もった庭を。本当はびしょ濡れになって遊びたいでしょうに、両親は病気になるからと、それを許してはくれません。それでも、黙って見つめるのです。そんな切ない姿を見続けるのは、とても胸が苦しくて、辛くて見ていられないのです」
彼女はそう言って涙を零した。それほど弟が大切で、しかしその弟の願いは叶わないことを、彼女は知っているのだろう。私はそう思った。私は、彼女のその切実な願いを受け入れることにした」
 伯爵はそう語り終え、そしてゆっくりとティーカップへ手を伸ばした。
 その先のダージリンはいつの間にかうつむき、ばんそうこうだらけの膝小僧を見つめている。
 伯爵は軽く紅茶を揺らしながら、ダージリンへ静かに問いかけた。
「ダージリン、君のお姉さんが君のために止めた四季を、君は取り戻すことができるかい?」
 その問いかけに、ダージリンはぎゅっと膝の上でこぶしを握った。
 突っ張った肩を小さく震わせ、そして長く詰めた息をふうっと吐ききる。
 ダージリンはぎゅっと唇を噛み、顔を上げた。
「相変わらず、突拍子もないことばっかりしやがって」
 搾り出すように、憎まれ口を口にしたとたん、耐えていた涙が瞳から零れ落ちた。
 喉が締められ、視界が滲む。ダージリンはもう一度固く口を結び、そしてまた顔をうつむかせた。


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