第八章 紅茶伯爵とウィンター・ガーデン
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「すごい、すごいわ!」
 一気に秋色に変わったオータム・ガーデンの中心で、ニルギリが興奮気味に歓喜の声をあげた。
 それにつられるようにダージリンもニルギリに駆け寄り、言われるでもなく互いに手を取り喜び合う。
 またいつの間にか、ニルのお気楽な雰囲気に巻き込まれ、気付けばくるくると踊るように秋色の中を飛び回っていた。
 そんなあまりに幼稚な自分の行動に気付き、ダージリンははっと足を止める。
 しかしまたすぐにニルギリに手を引かれ、今度は秋の庭の出口へと駆けていった。
「行きましょう、あとひとつですわ!」
 ニルギリが息を弾ませ、明るい声で呼びかける。
 その言葉に、ダージリンもしっかりと頷いた。そして、秋の庭を出て――
「はい、ストップ」
 出て、すぐに伯爵の声に足を止められた。しかし、今度は頭上から響く声ではない。まさに今、真夏の空を背に、グレイ伯爵がサマー・ガーデンの砂浜に立っていた。
 突き出された手のひらに、ダージリンとニルギリは急ブレーキをかける。そしてなぜか目の前に居る伯爵の姿に、二人とも目を丸くした。
「何で居るんだ? あとひとつだよ。早くしないと、紅茶が冷めたら終わりなんだろ」
「ここでひとつ、君たちに聞かせたい思い出話があってね」
 ダージリンの言葉をさえぎり、伯爵が人さし指を立ててそう言った。
 指先をくるくると遊び、ジョルジそっくりのキツネみたいな笑みを浮かべる伯爵に、ダージリンはぷいっと顔をそらすと、一人でウィンター・ガーデンの扉へ向かっていってしまった。
 そんなダージリンに、ニルはどうしたものかと不安げに伯爵を見上げる。すると、伯爵は扉に手をかけるダージリンの背をじっと見つめ、やがて口を開いた。
「三年前の秋、彼女は私の屋敷にやってきた。大きなバラの花束を抱えて、たった一人で。まだ少し幼さが残るものの、どこか気品のある彼女は、人懐こそうな笑顔でこう名乗ったよ。「私はアッサム・オータムナルと申します。あなたが噂の伯爵さまですね?」とね」
 その伯爵の言葉に、ダージリンがはっとして振り返った。その表情は驚きに満ち、紅茶色の瞳が大きく見開かれる。
 そしてゆっくりと伯爵へ向き直り、擦れた声を吐き出した。
「何で、姉さんが……!」
「私は話を聞く前に、彼女とお茶を飲んだ。今日と同じように、バラの咲くローズ・ティーの庭で。ダージリン、君と同じ席に、彼女は座ったよ」
 伯爵はまたダージリンの言葉を遮り、そして今度はパチンと指を鳴らした。
 すると、突然ダージリンの足がふわりと浮き上がり、気付けばいつの間にか、あのローズ・ティーの庭で座っていたバラだらけのテーブルセットへ腰を降ろしていた。


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