第六章 紅茶伯爵とスプリング・ガーデン
bookmark


 そんな笑顔で言われては反論する気にもなれず、ダージリンはしぶしぶという様子でティーカップを持ち、甘い海へ水をくみに行く。
 一方ニルギリは海岸の端に生えている小さな林へ向かい、落ちている大きめの木の葉や枝を拾い始めた。
 まさか、本当にこんなところで焚き火でもしようってんじゃないだろうな。ダージリンはそんなニルギリの後ろ姿を振り返りながら、ティーカップの中に持ち運べる程度の水をたっぷりとくんだ。
 それを持って帰ると、ダージリンは言われるまでもなく、くんできた水をティーポットの中へ注ぎ、ニルギリは拾って来た枝や木の葉を、その周りに敷き詰めていく。
 その後、二人はせっせとまきを拾いに、水をくみに、を繰り返した。
 空を飛び跳ねる夏の太陽が元気を取り出した今、夏の庭の気温はぐんぐん上がっていく。最後には二人とも汗だくで、息を切らせながら最後の水くみ、まき拾いを終えた。
 ようやく「このくらいでいいでしょう」とニルギリの了解が出たために、ダージリンはどっと砂浜に座り込む。
 そしててきぱきと働くニルギリを見上げ、やれやれと肩をすくめた。
「それで、今度は太陽にでも火を借りに行く気?」
「そうですね」
 ニルギリは冗談にあっさりとそう返し、ようやくその場に腰を下ろした。
 ニルの返事に、ダージリンは何言ってんだと顔を顰める。そして這うようにしてまきの真ん中のティーポットへ近寄ると、ニルギリがすっと自分のモノクルを外した。
 そしてその厚いレンズをちぢれた木の皮に近づけたり、遠くしたり、揺らして位置を確認したりする。
 何をしているんだろう。その行動に、ダージリンは首を傾げた。
「太陽の力を借りるんですよ」
 そんなダージリンに気付いたのか、ニルが振り返らずにそう言う。
 そして「静かに」と唇に指を当てたために、二人はしばらく黙り込んでその様子を見つめた。
 よくよく見れば、太陽の光がニルのモノクルを通して細い光になって木の皮に当たっている。
 やがて、じわりじわりと木の皮がくねり始めた。そしてゆっくりと、細い煙があがってくる。
 その様に、ダージリンは思わず関心のため息を零した。
「こんなので……火がつくんだ」
「知りませんでしたか? 珍しいですね」
 ニルギリが煙の上がり始めた火種に息を吹きかけながら言った。その問いかけに、ダージリンはまた明らかに「しまった」の顔をしたが、今度はニルギリも気付いていないようだった。
 やがて、完全に火種に火がついた。ニルギリはてきぱきと木の葉や枝へ火をうつしていき、順調にティーポットの周りに火がまわり始めた。
 ニルギリは時々大きめの木の葉で火を煽ったりまきを足したりしながら、くるくるとティーポットの周りを歩き回る。
 働き者なニルギリの行動を見つめながら、ダージリンは少しでも冷たいところへ行こうと、紅茶缶の陰に腰を下ろした。


next|prev

[戻る]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -