第六章 紅茶伯爵とスプリング・ガーデン
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 ダージリンはすっかり明るくなったミディアム・ブルーの海を見回した後、すぐに浜へ泳いで戻った。
 浜へ上がると、ニルギリの拍手喝采を受け、そしてきちんとたたまれた服を差し出される。
 ダージリンはそれを脇に抱え、早速次の季節を解決しようと、三つの扉の前へ歩み寄った。
「次はどこへ行きましょう?」
 ニルギリがその後ろできちんと両足をそろえて立ち、ダージリンの決断を待つ。
 ダージリンは姿のはっきりしたそれぞれの扉を睨みつけ、うーんと唸った後、ようやく一つの扉の取っ手に手をかけた。
「順番に、春から。春、秋、冬って行くよ」
 そしてそう答えながら、春の扉を押し開く。すると、すぐにヒュウッと冷たい風が夏の庭へ吹き込んできた。
 ズボンしか身につけていなかったダージリンは、その冷気に思わず大きく身震いし、急いで扉を閉める。
 そして乾いた服を着ると、改めて春の扉を押し開けた。
 やはり、何度見ても雪景色一面だ。これだけ雪があれば、何百個雪だるまができるだろう。
 ダージリンは扉の中を見回しながら、ゆっくりと春の庭へ足を踏み入れた。
 靴が雪を踏んで独特の感覚をさせる。夏とはまるで正反対の春の庭を踏みしめるダージリンの後を、ニルが恐る恐るという様子でついてきた。
「どうすれば春が来るんでしょうか?」
 ニルギリは足を引っかけそうな雪の塊を避けながら、ダージリンの背中へぴったりとくっついていく。
「単純に、雪を消せばいいと思うんだけど」
 ニルギリの問いかけに、ダージリンは真っ白な世界に目を凝らしながら答えた。
 そうは言ったものの、これだけの雪を消す術は思いつかない。雪かきをしようにも、いつも召使いたちがせっせと片付ける様子を見るだけで、実際にやったことはない。
 それにスコップの代わりになりそうなものは、あの紅茶道具の中ではせいぜいティーカップかシュガーポットにささっているスプーンぐらいだ。
「では、お湯を沸かしてみますか?」
 その時、ニルギリが背後で呟いた提案に、ダージリンが振り返った。
「どうやって?」
「ティーポットがあるんですもの。ポットに海の水を入れて、沸かしてしまえばいいんですわ」
 ニルギリはしゃんと背筋を伸ばし、あっけらかんとそう言った。
 お湯を沸かす、そのためには火が必要なのに。ダージリンはその提案に顔を顰め、首を横に振る。
「こんな無人島みたいなところで、どうやってお湯を沸かすんだ?」
「あら、私にだってできることはありますよ」
 任せてください、とニルギリは胸を張ると、ダージリンの手を引いて春の庭から出ていった。
 そしてそのまま砂に埋まった紅茶セットへ引っ張って行き、大きなティーポットの前で立ち止まる。
「さぁ、まずは水をくんで下さい。海にはたっぷりありますからね」
 ニルギリはくるりと振り返ると、にっこりと笑ってそう言った。


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