第六章 紅茶伯爵とスプリング・ガーデン
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「よく知ってるな、こんなこと」
「はい。私、ストリート・チルドレンでしたから」
 マッチがない時はこうしたんですよ、と話すニルギリに、ダージリンは驚いて目を見開いた。
 そして何度か瞬きをし、口を開きっぱなしのダージリンに気付いたのか、ニルギリが振り返ってにっこりと笑む。
「左目が悪く仕事がなくて、どぶ川で死にかけていたところを、伯爵さまに拾っていただいたんです」
「そんな……でも、そんな」
 焚き火に照らされるニルギリの予想外の過去に、ダージリンは何を言っていいかわらず、ただ呟くように擦れた声を出した。
 すると、ニルギリはふと笑顔を消し、そしてダージリンのほうへ向き直る。
「この街へ住んでいるのならわかるとは思いますが、この街にはそういった子供たちが多く住んでいます。働き手として送り込まれた子供もいれば、家出してきた子供も。昔はもっと居たんですよ。私も、食べるために人の物を盗んだりしたこともありました。でも、あの頃は生きることで精一杯だったのです。泥棒は悪いことだとはわかっていました。今ではとても後悔していますが、私のような子供には、それしか方法がわからなかったんです」
 ニルギリが小さな声で語りながら、スカートのすそを少し弄った。
 それがまるで泣き出す寸前の行動のように見え、ダージリンが起き上がって慌てだす。
 すると、ニルギリが顔を上げた。そしてまた、あの満面の笑みを咲かせる。
「だから、あなたが泥棒に入ったって言った時、本当は私、ちょっとだけ嬉しかったんです。そんな悪いこと思う人、私だけじゃないんだなって」
 ニルギリはどこか困ったようにそう言って、肩をすくめた。
 悪いこと、確かにそうだ。ダージリンはつられるように苦笑いを零し、ニルギリの笑顔にほっと胸を撫で下ろす。
「でも、あなたには家族が居るのですね。では一刻も早く帰れるように、精一杯がんばりましょう。帰る家があること、それはとても、幸せなことです」
 ニルギリは再び焚き火へ向き直り、言い聞かせるようにそう言った。
 その言葉に、ダージリンはふと目線を落とす。
「うん……」
 ダージリンは呟くように返事をしたものの、その表情は、まだどこか浮かないようだった。

 やがて拾ったまきが底をつく頃、ティーポットの注ぎ口からトロトロと細い湯気が上がり始めた。
 ダージリンはニルギリの指示に従い、ティーポットの周りで弱火程度の火を保つ焚き火へ、ティーカップから水をかけて回った。
 ニルはその後を木の棒でかきながらついてくる。ぐるりと一周した頃には、また二人は汗だくになっていた。


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