第五章 紅茶伯爵とサマー・ガーデン
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「じゃあお前が来いよ、ほら!」
 ダージリンはティーカップを高く掲げ、豆粒の太陽に向かって大声で呼びかけた。
 そのとたん、まるでその声に反応するように、白い光が猛スピードでダージリンに襲いかかってきた。
 かと思えば、体より掲げたティーカップのほうに衝撃があった。体当たりのような衝撃にダージリンは耐え切れず、後ろへ倒れて甘い海の中でブクブクと泡を吐く。
 しかし、すぐに頭上に浮かぶティーカップに泳ぎ寄り、そしてそれに掴まって中を覗き込んだ。
 薄い光を放つその中には、確かに豆粒に見えていた太陽が入っていた。しかし、それはサッカーボールほどの白い玉で、いつも外の世界で見上げていた太陽とはまったく違う。
「おい、しっかりしろよ。お前太陽なんだろ?」
 ダージリンはティーカップを揺らし、つい弱々しい太陽に呼びかけた。
 太陽に話しかけるなんて。自分の非現実的な行動に半分後悔しつつ、ダージリンは太陽に手を伸ばす。
 太陽は柔らかく、熱くはなかった。温かいお湯を触っているような感覚で、ダージリンが触れるとくすぐったそうにモジモジと揺れた。
 それがまるで恥かしがっているようにも見え、ダージリンのイライラはついに頂点に達する。
 ダージリンは思いっきりその太陽をわし掴み、力いっぱい空へ投げ上げた。
「気合見せろよ、太陽なんだろ! お前が居ないとこの世界ダメなんだよ!」
 そして大声でそう叫んだとたん、パァッと目の前に真っ白な光が広がった。
 ダージリンは目のくらむようなその光に思わずぎゅっと目をつむり、海の中へ顔を引っ込ませる。
 しかしどんなに強く目をつむっても眩しかった。それくらい強い光だったが、徐々にそれは止んでいき、今では程よい光をまぶたの向こうに感じる。
 やがてちらちらと柔らかい光の柱が海に射し込み始めた頃、ダージリンはゆっくりとまぶたを上げ、海の中から顔を出した。
 すると、広がる光景は海に潜る前とは一変していた。眩しい光が空から降り注ぎ、自分が浮いている海は、伯爵の瞳に似たミディアム・ブルーの明るい色へと変わっている。
 それにくっつくように、空にも同じ色が広がっていた。夏独特の入道雲が大きく浮かび――きれいだ。そう、素直に思ってしまうような。
 ダージリンは唖然とその空を見上げた後、海面を手のひらでパシャンと跳ね、体を海岸のほうへ向けた。
 すると、今度ははっきりと見えるニルギリの姿が、嬉しそうに両手を挙げてピョンピョンと飛び跳ねている。
 やった、んだ。夏を取り戻したんだ。
 そう思ったとたん、まるで自分自身の心が晴れたように嬉しくなってしまった。ダージリンは満面の笑みを浮かべ、そして頭上を見上げる。
 すると、先ほど投げてやった太陽が、白く丸い姿から強い光を放ち、ピョンピョンと空を跳ねていた。
 へ――変なの。ニルギリと共に全身で喜びを表しているような太陽に、ダージリンは顔を引きつらせた。
 だけど、確かに太陽は空へ戻った。そして今の太陽は、いくら手を伸ばしても届く気がしない。
 さんさんと光を降らす、羨ましいぐらい眩しい、夏の太陽だ。

 サマー・ガーデン、修理完了。





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