第三章 紅茶伯爵とティータイム
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 その口ぶり、優しい、その――そんな――そんな人間、この街には居なかったのに。
 何だか妙に、伯爵が何かをたくらんでいるように思えてきた。きっと、そうだ。この伯爵はおれの正体に気付いていて、からかっているに違いない。
「何でもいいのか? じゃあもし、この屋敷が欲しいって言ったら?」
 ダージリンは思わず立ち上がり、テーブルに手を着いてそう問いかけた。
 それは無理だ。さすがにそう言うに違いないと、思っていたのに。
「もちろんいいとも。ただ、持って帰れればの話だが」
 伯爵はそう答え、困り笑いをした。またこの人はことごとく、おれの予想を外す。
 変人だ。本当に、変な人だ。どこか狂っているのかもしれない。そもそも、人として大丈夫なのか?
 ダージリンは一瞬本気で伯爵を心配してしまった。しかしすぐに頭を振って我に帰り、わけのわからない現状に頭を抱えながら再び腰を下ろす。
 すると、今度は伯爵が軽く腰を浮かせ、心配そうにダージリンを覗き込んできた。
「家で家族が待っているのかい? ならば君が何かを持っていかなければ、家族が悲しむろう。まさか、家がないのかい? ならば、」
「違う! 嘘だよ、欲しいものなんてあるわけないだろ!? 願えば何でも手に入るんだから!」
 しつこいほどお人好しな伯爵に、ダージリンはつい大声をあげ、テーブルを叩いて立ち上がった。
 その突然の行動に、さすがに伯爵もキョトンと目を丸くする。しかし、すぐにすっとまぶたを伏せ、ジョルジそっくりのいかにも何かをたくらんでいそうな笑みを零した。
「そう……願えば何でも?」
 伯爵はテーブルに肘をつき、手の甲で顔を支える。
 その質問に、ダージリンははっと顔をそらした。全員の視線が自分に向けられているのを感じる。とても気分が悪い。
 ダージリンが顔を顰めたまま、恐る恐る目線を伯爵へ戻すと、伯爵はそれと同時にまぶたを開いた。
「でも君は、おそらくその願いを叶えてはいないね。そうか……君の本当に欲しいものは、その願いを叶えることだ」
 きっぱりとした伯爵の発言に、ダージリンが明らかに動揺の表情を見せた。
 そして何か言い返そうと口を開くものの、何度か上下させるだけで、またぎゅっと結んでしまう。
 その様子を心配そうに見つめていたニルギリが、伯爵と一瞬目を合わせた。伯爵は困り笑いをし、背もたれに寄りかかる。
「やれ、困ったな。手助けぐらいしてあげたいのだが、あいにく、それに必要なコレクションのひとつが今故障していてね」
「また壊したんですか、伯爵。あなたのコレクションはちゃんと鑑定すれば値の張るものばかりなんですから、もう少し大事に保管してもらわないと」
 横からジョルジが身を乗り出し、そう口を出してきた。
 本当にこいつは、金のことしか考えていないな。ダージリンは嫌悪感を含めてでジョルジを睨みつけ、ゆっくりと椅子へ腰を下ろす。


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