第三章 紅茶伯爵とティータイム
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 ローズ・ティーの庭とやらは、本当に名の通りの庭だった。
 どこも、かしこも、バラだらけ。ここまで徹底していると、伯爵の変人ぶりもよくわかってくる。
 周りの植え込みはもちろん、ティーカップから、テーブル、椅子の装飾、スプーンの絵柄、全部ローズで統一されている。
 伯爵はおれの目の前で、ニルの淹れた紅茶を揺らしながら、悠々と鼻歌を口ずさんでいた。
 目の前には変人伯爵。左横にはイヤミなその甥。右には可愛いけどどこか変なメイドの女の子。
 ダージリンは何だか自分が異国に来てしまったような気さえしてしまい、傷だらけの体をかちかちに緊張させていた。
 目の前に置かれた紅茶の匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。ベルガモット、柑橘系の香り。これはまさに、アールグレイだ。
 ダージリンが紅茶をそっと覗き込んだその時、ジョルジがわざとらしく身を乗り出した。
「伯爵、また融資をお願いしたいのですが」
「ジョルジ、ギャンブルは身を滅ぼすかもしれないよ」
「愛するものに滅ぼされるなら本望さ。まぁ、滅びることは絶対にありえないけれど」
 物腰の柔らかい伯爵に、ジョルジはくすくすと笑いながらそう返した。
 その会話から聞くと、どうやらただ甥っ子が叔父に小遣いをねだりに来ただけらしい。
 この口ぶり、ニルの反応から見ると、こんなやりとりはしょっちゅうのようだ。
「貧乏人の君も、伯爵に融資のお願いを?」
 ジョルジがこちらへ向き直り、ダージリンへいかにもイヤミな質問をした。
 その問いかけと、目の前のキツネ顔にダージリンは顔を顰める。しかし伯爵が自分を見ていることに気付き、ダージリンは顔をうつむかせた。
「お、おれは……その……本当は……泥棒に……」
 そしてごく小さな声で、自分の膝に向かってそう答える。
 泥棒、その言葉をしっかりととらえたジョルジは、また声をあげて笑いだした。
「欲しいものがあるのかい?」
 ジョルジの笑い声をさえぎり、伯爵がそう言ってテーブルにカップを置く。
 別に、何が欲しかったわけでもない。しかしダージリンはとりあえず頷き、恐る恐る顔を上げた。
 今度こそ、怒鳴られるかもしれない。さっきはあれほど怒られるぞと意気込んでいたのに、いざその時となると、何だか息苦しいほど緊張する。
 しかし伯爵はそんなダージリンと目が合ったとたん、また人の良さそうな笑顔を見せ、まるで「どうぞ」とでも言うように両手を広げた。
「好きなものを持っていけばいいよ。さぁ、探しておいで」
 ダージリンは目を見開き、耳を疑った。何を言っているんだ? この人は。おれは泥棒に入ったって言ってるのに、その泥棒に何でも持って行けだなんて。


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