「身にあまるお言葉でございます。あぁ……これで漸く、心置きなく冥土に行けます」 「これから、どうするつもりだ。誰ぞ迎えが来るのか?」 問いかけに、トミは白い息を吐き、無言で微笑むばかりだ。他に身寄りなどないのだろう。 「終の棲家は、用意がありますゆえ」 「ふん……そうか。ならば、つむじを寄越してやろう。どうにでも使うがいい」 「ですが、わたくしにはもう、何もお返しできるものが……」 「よい。……彼奴を、人の死に目に会わせておきたい」 そう言うと、トミは「あぁ」と声を漏らし、静かに頷いて承諾した。 「左様で、ございますか。では、お言葉に甘えて」 トミは皺の寄った瞼を落とし、長年の家事仕事で曲がった指を合わせ、まるで拝むような仕草を見せた。 「あぁ、ほんとうに、ほんとうに……これほど幸せな最期を、迎えることになるとは、思いもよりませんでした。ありがたいことです……どうか坊ちゃんを、宜しくお願い致します」 ──龍真、龍真よ、見ておるか。 瞼の裏に友のしてやったりという顔が浮かび、苦笑を漏らす。 同じ大地に生きるもの同士、無益な争いなどせず、共に生きよう。私たちから始めてみよう、とお前は言っていたな。 今や人喰い鬼は約束通り縄張りを守りながら、人を喰うのをやめ、代わりに子守に勤しむ始末じゃ。 このように拝んでくれるものが一人でも居るのなら、よもや本当に、人喰い鬼に守り神になれなどという、お前の大それた願望も単なる戯言ではないのかもしれぬ。 何もかもがお前の思惑通りになったということか。 友よ、お前は本当に大した男よ。 その度胸を、図太さを、龍臣も継いでくれておれば良いのだが。 「……龍臣は、あまり人の世に馴染めておらぬようだのう」 ポツリと零すと、乳母は無言のまま、切なげに微笑んだ。 「人というものは、自分と違うものを持つものに対して、どうしても警戒してしまうものであります……本質を知り、害するつもりはないと受け入れてもらえるまで、根気が必要になるのでしょう」 「ふん……」 こればかりは、儂にも乳母にも手出しが出来ぬ。 これもまた龍臣が自ら乗り越えねばならぬ、試練なのだろう。 無言の視線に何を受け取ったのか、乳母は静かに首を垂れた。 「いらぬとは言ったが、その短刀、つむじに託し、儂に寄越せ。龍臣に、乳母が盗人になったなどと聞かせとうない」 「えぇ、えぇ、勿論です。……では、また、いつか」 (32/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |