「ねえ、ニシ、質問してもいい?」
「何を今更……よかろう、言うてみよ」

答えると、龍臣はこくりと喉を濡らし、小さく問いかけた。

「人は死んだら、どこへ行くの?」
「ふむ……何故そのように思う?」

問い返しに、龍臣はうーんと唸るばかりだ。また殻を閉じ始めている気配を感じ、先を促す。

「お前の親は、死んだのか?」
「んー……うん。僕の、おかあ様はね。僕が赤ん坊の頃に亡くなられたから、どんな人だったか僕はあんまり覚えていないんだけど……。おとう様はね、まだ生きているよ。一度お嫁に行ったけれど、おかあ様の“男遊び”のせいで追い出されたから、僕はもう二度と会えないんだって。それはね、もういいんだ。一度も会ったことのないおとう様に会いたいとも思わないし、僕が大人になるまで叔父様が面倒を見て下さると約束してくれたもの。ただ……」

龍臣はそこで口籠ると、ため息をつき、腕の中に顔を埋めた。

「……ただ、これだけは覚えてるんだ。おかあ様があの日、湯船の上にぶら下がっているのを見た時、身体を抜け出ていくおかあ様は、ひどく苦しそうな顔をしていたんだ。何か、とても怖がってるみたいだった……。周りの人は、色んなしがらみから解き放たれて、楽になったんだって言ってくれるけど、それは違うんじゃないかって、ずっとずっと考えてた」

脳裏に、あの淀んだ目をした幼子の姿が浮かんでくる。
此奴がふとした瞬間に影を見せるのは、悲惨な母親の死に様を目の当たりにしたことが、根底にあったのか。

「ねえ、ニシ、人は死んじゃったら、どこへ行くの? おかあ様はあの日、どこへ行っちゃったのかな。今もどこかで、ひとりぼっちでいたり、しないかな」
「ふむ……それは、儂にもわからぬ。儂は真の意味で死んだ≠ニは言えぬようだからのう……。しかしお前の母親は、身体を抜け出た後、どこかを彷徨っていたか?」
「ううん。すうっと出て行った後は、そのまま消えちゃった」
「そうでないなら、恐らく“次の世界”へと向かったのであろう。いつか話したな、死んだ魚は時に魍魎となって彷徨うこともあるが、それは決して良い状態とは言えぬのだ。殻を失った魂は、いとも簡単に闇に喰われてしまうからのう……。人は情が豊かな分、死後未練に縛られ苦しみ続ける場合もあるが、お前の母親は、お前の見る限りそうではなかったのであろう」
「うん」
「ならば、今更お前が気に病む必要はない。手出しの出来ぬ場所へ行ったのだ。無用に怖がるのはよせ。悪鬼は、そういった心の隙間を狙ってくる」
「ふふ。じゃあニシも、僕のこと美味しそうだって思ってくれる?」

何のことを言っているのかと一瞬考え、ふっと笑みを零す。なるほど、儂も鬼であったな。



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