「死んじゃうんだよ。人はうんとお年寄りになると、その次は死んじゃうんだ」
「ぴぇ! 誰がまな板の上で、ばあちゃんの首をもぐのでやんすか!」
「あははっ、魚と人とは違うよ。でも死ぬのはどっちも同じかな。人は誰かのお腹におさまったりしないけど、昨日お夕飯に食べたお魚と一緒で、ある時すーっと体から魂が抜けて、もう動かなくなっちゃうんだ。そうすると、もう二度と会うことは出来なくなるんだよ」

龍臣はそう言って、繋いだ手をそっと離した。
その横顔に、一瞬、違和感を覚えた。まるで深淵を覗き混むような、ひどく暗い目をしたように思えたのだ。
しかしそれを確かめる間もなく、からからとした笑い声が暗い雰囲気を打ち消した。

「きょきょきょ! 坊ちゃんは妙なことを言うでやんすねぇ。あの魚なら、おいら今朝も海で見かけたでやんすよ」
「え……ほんと?」
「ほんとでやんすよ。おいら、ちゃあんと覚えているでやんすよ。あの魚は、ここんとこにまぁるいブチがあったでやんす。死んだ魚も動物も、“すだま”になってそこいらに居るって、おいら知ってるでやんす。そうでやんしょ、おやびん?」

二人の視線がこちらに注がれる。
余計なことを、と嗜める言葉が、龍臣の縋るような目を見た途端、詰まってしまった。

「ふむ……確かに、ごく稀にだが、抜け出た魂は魍魎となる場合がある」
「ほぉら! すごいでやんしょ、おいら、いっぱいいっぱいベンキョウしたでやんすよ。おいらだって、今に人に化けられるようになるでやんす」

誇らしげに話すつむじに手を振り回され、ほんの少し龍臣の頬に色が戻る。「そうかぁ、すごいね」と龍臣は微笑んだが、しかしその声は弱々しかった。
ある時、すうと魂が抜けてゆくーー此奴はもしかしたら、既に人の死に立ち会ったことがあるのやもしれぬ。
出会いから数年。ほぼ毎日共にあるせいか、この小僧のことは何もかもを知ったような気でいたが、此奴との出会いよりさらに過去、あの淀んだ目が見てきたものを、儂は未だ知らずにいることに気付いた。





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