「ねえニシ、お願いだよ。僕もちゃんと世話をするから」
「犬や猫ではないのだぞ。全く、毎度面倒ごとを持ち込みおって」
「なるべくお手を煩わせぬよう、自分のことと、あなた様の身の回りのお世話ができるよう、わたくしがしっかりと躾けますゆえ、どうか」
「むう……洟たれ小僧の次は、さざえの世話か……」
「やったぁ! ありがとう、ニシ!」

ぽつりと零した言葉を目敏く拾い、龍臣が飛びついてきた。
やれやれと身を屈め、状況を飲み込めていない様子のさざえを覗き込む。

「仕方ない、お前を儂の子分にしてやる。言われたことには必ず「はい」と言え。逆らえば、すぐに焼けた網の上に戻してやる。誓うと言え」
「い……い、嫌でやんす。デカブツあっちいけでやんすよ。おいら、海の底で三十年も生きてきたでやんすよ。これからだって、誰の手も借りず、人を食って生きてやるでやんす」
「ほう、そうか。ならば今、とって食われても文句はないな」

生意気なさざえをつまみ上げ、火で炙ってやると、面白いように手のひらを返した。

「ぴゃーっ! わかったでやんす、わかったでやんすよ! おいら何でも言うこときくでやんす! おやびん、誓うでやんすよ!」

悲鳴をあげてさざえの姿に戻った小鬼を森の中へ転がすと、龍臣がそれを追いかけていった。
乳母は駆けていく姿を微笑ましそうに眺め、こちらへ向き直ると、丸い腰を折り深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。このご恩は必ず」
「いらぬ。人を助けたつもりはない。お前からも龍臣に言うておけ。儂以外の妖怪に、必要以上に関わるなと」
「えぇ、えぇ、そのように。……ところで、贈り物のお酒は、足りておりますか」

その言葉で、昨晩空にした酒樽の数々を思い出す。全くこの婆は、千里眼でも使えるのか。
龍真との約束は果たされたものの、あの一件を機に、東風家からの貢物は再び届くようになっていた。
“見る”力を持たぬ現当主が、儂の姿を見て震え上がったこともあるが、牛鬼はこれからもこの土地を守っていくようだからと、この乳母からの密かな進言もあったのだと龍臣から聞いている。
龍臣が毎日のように儂に会いに来ているのは知っておるのだろうに、特に咎める様子もなく、ましてや今度は妖怪の子供など拾って来よる。
龍真以上に、何を考えているかわからぬ人間だ。

「えぇ、えぇ。ではそのように」

沈黙をどう返事と取ったのか、再び深く腰を折ると、龍臣に遅くならぬようにと声をかけ、乳母は帰っていった。
夕闇が運んできたように、森の入り口に酒樽の山が出来たその晩。またしても急な来客があり、酒樽は空になった。




(21/43)
前へ* 最初へ *次へ


栞を挟む
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -