「よいか、例え以前は人だとて、儂は鬼だ。鬼は人を喰うものだ。本来であればいつお前を喰うてしまうか、わからんのだぞ」
「それでもいいです。僕が死んだら、僕の魂をあなたにあげます。ご先祖様とも、そういう約束をしていたんでしょう? それでいいから、僕も、あなたとお友達になりたいです」

小僧は目をそらさなかった。玉のような琥珀の目を見ているうちに、己の答えはとっくに出ていることに気付く。
のう、龍真よ。この子を儂に遣わしたのも、お前の目論見のうちなのか。
お前は儂に守り神となることを期待したのだろうが、実際は妖怪という入れ物の中に、人だった頃の記憶を取り戻した、中途半端な存在を作り出しただけだ。
それでも良いと言うのなら、お前の子孫を、この小僧を、これからも見守ってやろう。
お前が一生をかけて“俺”の名を返してくれた礼に、この身滅びるまで、一生をかけて報いてやろう。

「……やれやれ。この牛鬼が、洟垂れ小僧の子守とはのう」

小僧を地面に下ろしてやると、小僧は不安げに離れていく手を追いかけた。
纏わりつく小僧を避けるように拳を結び、ずいと突き付ける。

「人と妖怪は、悪戯に見えぬほうが互いのためだ。それは、何があろうと今後も変わらん。それでも繋がりを求めるというのなら、儂はお前と“約束”を結ばねばならん。妖怪との“約束”が何たるかを知っているか。一度裏切れば、その魂を喰らうということだ。魂を喰われた人間は輪廻の輪を外れ、二度と人に生まれ変わることはなくなる。お前の命は常に我が手の中にあると言ってもいい。それでもか」
「わかっています。たくさん本を読みました。僕が死んだら体も魂も食べていいです。だから僕が死ぬまで、我慢してお友達でいてください」
「人でない友を持つ覚悟はあるのだな」
「はい」
「ふん……よかろう。“約束”だ、龍臣」
「……はい!」

結んだ拳を緩め、差し出すと、龍臣はそれに飛び乗って喜んだ。
よかったぁ、と擦り付けてくる頬は温かく、思わずふっと笑みが零れる。

「僕の名前、覚えててくれたんですね。よかったぁ……。僕はあなたのこと、なんて呼んだらいいですか?」
「名など好きに呼べ。龍真はただ牛鬼と呼んでおった」
「うーん、でもそれじゃああんまり……じゃあ、“粋”は?」
「それは人だった時の名だ。どうしてもと言うなら、お前がつけろ」
「いいんですか? うーん、うーん……じゃあ、ニシ!」
「ニシ? 何故だ」
「東風は、東の風と書きます。僕は東だから、あなたは西です」
「短絡的だのう……まぁよい。今日は帰って休め。お前の乳母がまた探しに来る。大方、今日も寝床を抜け出して来たのであろう」
「えっ、どうしてわかったんですか?」
「ふん……友というのはそういうものだ」

こうして出来た二人目の人間の友は、金も権力も持たぬ、ちっぽけな洟たれ小僧であった。
しかしこの数年後、庇護欲に負け、二度と結ぶまいとした人間との約束を軽々しく結んだ自分を、ひどく呪うことになる。


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