伍. 「ニシ――っ!」 百年足らずで一生を終える人と、何千年と生きるもののいる妖怪との間では、感じる時の流れが違う。 しかし龍臣と過ごす日々は、いかに退屈を紛らわすかに時を費やしてきた今までの数百年と比べると、あまりにも濃厚で、毎日が変化に富んでいた。 これまでと同じく朝一番に訪れたと思いきや、今日は海に連れて行けと言ったり、明日は山に行ってみたいと言ったり。雨の日にはわざわざ傘をさして来て、今日は洞窟で昔話を聞かせてくれと言ったり。 “退屈”など忘れてしまうほどに、毎日龍臣に振り回されて過ごしたが、この子守も、口で言うほど面倒ではなかった。 龍真によく似た考えを持つ子供であったが、あやかし狂いの血ももれなく受け継いだらしく、龍臣は妖怪や幽霊の類の話を好んでせがんだ。 どうやら“見えているもの”が何故そこにあるのかがずっと疑問だったらしく、浮遊霊と話をさせてやったり、知り合いの妖怪に会わせてやったりすると、ひどく喜んで、こちらが困惑するほど質問攻めにしたりした。 そうしている時の龍臣は、実に生き生きとしていた。まるで生まれたての雛が初めて空の広さを知ったような、未知の可能性に目を輝かせる姿を見ていると、こちらも不思議と満ち足りた気分になった。 しかし、童が学ぶために行くという「学校」が始まった頃から、龍臣の溌剌とした顔に時折影がさすようになる。 その日も、土砂降りの中を傘をささずに駆け下りてきたかと思えば、儂の姿を見るなり無言のまましがみついてきた。 何かあったのだろう。着物から覗く手足や顔に、傷が出来ている。喧嘩か、ときくと、龍臣は儂に顔を埋めたまま、ぎゅうと拳を握った。 「僕はニシたちが見えて、よかったんだ。後悔したことなんかない。これからも、ずっと、ずっとだ……」 身を絞るようなその声は、まるで自分に言い聞かせているように聞こえた。 歳の近い人間との交流が増えるにつれ、時折「見る」ことの出来る目が障害となっていることは、その口から語られずとも見て取れた。 ましてや、素直なあまり配慮など知らぬ子供の言動は、時に目を見張るほど残酷なこともある。 静かに呼吸を整え、龍臣が離れていく。 「大丈夫か」 「大丈夫ですよ」 問いかけに、龍臣はにいと笑って答えた。しかし、言葉が以前のように戻っている。 もとより、大人のような話し方をする奇妙な子供であったが、成長するにつれ交流の幅が広がったせいか、年相応の砕けた話し方をするようにもなっていた。 しかし、今でも時々こうして「大人言葉」が出ることがある。そういう時は、大概何か割り入って欲しくない事情がある時だ。 ひとたび心を閉じてしまえば、此奴の口は貝よりも硬くなる。無理に聞き出そうが無駄なこと。聞いて聞かぬふりをしてやったほうがいい。 (18/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |