「よかろう、小僧。龍真からの贈り物を、確かに受け取った。お前達一族を喰うことは諦めよう」
「本当ですか? やった!」

本を受け取ると、小僧は両手を挙げて喜んだ。
この小さな体で、よくぞここまでやってのけたものだ。本人がどれほど自覚していたか知らぬが、これは危険な賭けだったろう。
無邪気に飛び回る姿に笑みを零した自分に気付き、本当に人の心を取り戻してしまったのだ、と、嫌が応にも実感する。
人を喰らうことは、確かに己が生きるためであった。しかし記憶を無くしていたとはいえ、同胞を喰い殺し、死より酷い仕打ちを与えたことに違いはない。
己が同胞に仕掛けた悪行を思い返し、あまりの恐怖に目が眩む。
よもや完全に鬼にもなりきれず、どんなに願えど人に戻ることも出来ない。
あぁ、この途方もない孤独感が、化け物に身を落とした者への罰なのだろうか。
そうだと言うのなら、甘んじて受け入れよう。
跳び回る小僧をちょいと摘んで森の外へ出すと、小僧はきょとんとした目で森の中の鬼を見上げた。

「早う帰れ。牛鬼はもう人を喰う事はなかろうと、お前の親どもに言え」
「わかりました。確かに伝えておきます」

小僧はぺこりと頭を下げると、背を向けて駆け出そうとし、ふと振り返った。

「あの、また明日も来ていいですか?」
「ならぬ。これでもうお前と見えることもなかろう……達者で暮らせ」

そう言って姿を消そうとした途端、小僧が血相を変えて飛びついてきた。

「えっ……そんなの嫌です! どこかに行ってしまうんですか?」
「そうだ。この土地を守る約束は龍真と交わした契約だ。龍真が死に、最後の約束が果たされた今、儂がこの地に留まる理由はない」
「嫌です、居て下さい! 家の人には僕からお願いしますから、どうかここに住み続けてください!」

全身全霊をかけて引き止めようとする、小僧の表情は必死だった。
何をそんなに執着するやら。頑なに動こうとしない小僧の胴を掴み、顔の位置まで持ち上げる。
身動きの取れない恐怖を感じたのか、小僧は手の中で居心地が悪そうに身じろぎした。

「我が儘を言うでない。本来ならば、人と妖怪は関わらぬほうが幸せに暮らせよう。すべてを忘れ、人の世へ帰れ」
「嫌です! 僕、確かに最初はあなたのこと、悪いやつだって、やっつけてやるって思ってたんです。でも違いました。あなたは僕の話を、ちゃんと最後まで聞いてくれました。僕は昔からいろんなものが見えていたけれど、応えてくれたのはあなただけでした。嬉しかったんです。それが、本当に嬉しかったんです……あなたは優しい人です。だから僕も、あなたのことをもっと知りたい」

小僧が一心に首を横に振る。その頬には光るものが伝っていた。

「僕はあなたが好きです。このままお別れなんて嫌です。また明日も、その明日も、またここに来たいです。だめですか?」

口をへの字に曲げ、泣きべそをかく顔は、ようやく此奴を年相応に見せた。
聡い物言いのせいか、龍真によく似た風貌のせいか、己が此奴の本質を見誤っていたことに気づく。
此奴はまだ子供だ。べそをかき、寂しいと言える権利を持つ。誰かが守ってやらねば生きていくことができない、ちっぽけな子供なのだ。
駄々を捏ねるなと突っ撥ね、ここを去るべきだ。頭ではわかっているのに、何故かそれをすることができなかった。
あぁ、しまった。これを“愛しさ”というのだろうか。
「べそをかくな」と洟を拭ってやると、決して離すまいとするようにひしとしがみついてくる。



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