「ご先祖様は、妖怪や幽霊のお話がとても好きだったようで、いろんなことを調べていました。本を買ったり人に聞いたりして、調べたことが手記に書き留めてあったんです。その中に、あなたのこともあって……。
『かつて、この土地には大きな金鉱山があった。それを生業とし大きな集落が作られていたが、しかしある時、運悪くその地で眠っていた化け物の住処を荒らしてしまった。
それは牛の頭と鬼の体を持つ、天を衝くような大きな化け物で、人はそれを“牛鬼”と呼んだ。
牛鬼は金山衆を喰らい、それに飽き足らず村へ降り、手当たり次第に人間を喰らった。
残った村人は土地を捨て逃げ出したが、しかしただ手を拱いて眺めているには、金山はあまりにも魅力的だった。
そこで人々は巫女を呼び込んだ。鬼殺しの力を持った巫女の一族だ。巫女たちは何百年と時をかけ牛鬼の怒りを鎮め、また深く深く眠るよう牛鬼を封印した。
しかし巫女の血が途絶えると、再び牛鬼は目を覚ました。
村人は巫女から鬼殺しの方法を教えられていたが、誰一人としてそれを実行する者はいなかった。なぜなら、牛鬼を殺した者は、次の牛鬼となることがさだめとされていたのだ。
これならば、巫女が牛鬼を殺さず眠らせた事も頷ける』」

小僧はそこで一息つくと、ちらとこちらを見上げた。

「何だ。儂の話ではないぞ。巫女になど会っておらんからな」
「だと思います。じゃあ続けますよ……『長い眠りから覚め、腹を空かせた牛鬼は、嵐の如く暴れ回り』……とてもひどいことをしたと書いてあります……『世は、国取りの争いが其処彼処で起こる時代であった。少しでも資金を作るため、村人は金の採掘を迫られたが、助けを呼ぼうにも最早巫女の一族はもう居ない。巫女に似た力を持つ』……今で言う祓い人だろう、とあります……『“祓魔師”を頼ったが、人を喰い力をつけた牛鬼の前になす術もなく、誰もが牛鬼の餌食となった』……でも、村の人たちは助かるんです。
『しかしそこに一人の青年が現れた。流浪の青年だ。彼は巫女と同じ力を持っていた。』」

その時、ふっと見知らぬ光景が脳裏を過った。荒野だ。広くすり鉢状に開けた、草木のない寂びた土地。旋風に巻き上げられた粉塵が、喉をつく痛みを思い出す。
思い出す――だと。

「小僧、もういい。やめろ」
「まだです。『村人は青年をもてなし、そして牛鬼を殺してくれるよう頼んだ。青年は承諾した。知らされていなかったのだろう、牛鬼を殺したものがどうなるのかを。村人は彼を使って確かめたかったのだ』」

本を取り上げようとした手を、小僧はちょろちょろと避けていく。先を急ぐように小僧の語り口が早くなった。
胸が妙にざわつく。この背筋をなぞられるような悪寒は何だ。小僧の声に引き出されるように、次々と覚えのないはずの光景が脳裏に浮かんでは消えていく。
目が回るようだ。溢れる杯、今まで見たことのない見事な料理、舞い踊る娘達と首を垂れる禿頭の数々。踊り子が回るたび、しゃんと鳴る鈴の音が、嫌に頭につく。
まさか、まさか。

「……やめろ、もういい」

無意識のうちに声が漏れたが、擦れた声は小僧には届かなかった。

「村人たちはその人に短刀を渡しました。あの“鬼殺しの短刀”です」

やめろ。

「その人は短刀を手にひとり牛鬼に立ち向かい、そして殺したんです」

やめろ。

「その人の名は、」

やめてくれ。

「粋(いき)、と」




(13/43)
前へ* 最初へ *次へ


栞を挟む
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -