肆. 龍真から受けた呪いがどれ程儂の力を封じたのか、その夜で粗方わかった。 妖力が十分に溜まるまで、暫く本来の姿には戻れまい。人の姿に角を生やした、まるで卑しい半妖のような姿しか取れぬ。人間に化けることは出来るが、力は思うようには出せなくなっている。 日が昇るまで海の底深くに潜り、多少はその霊気で回復することができた。しかし、この様な中途半端な姿で、今までのように縄張りを守って暮らしていくことが出来るのか。 哀れな現状を知れば知るほど、あの場で小僧の頭を噛み砕くことを選ばなかった己に腹が立つ。だが、こうなってしまえば後の祭りだ。力が封じられた瞬間に、人間を閉じ込めておいた呪いは消えている。村人は逃げ、小僧も既に村の外へと移されているだろう。小僧一人を追って仇を取るというのも、なんとも情けない話だ。 人間との“約束”など、するものではなかった。 龍真との契約も、人を喰うことも出来なくなった今、この土地に拘る理由もない。 新たな住処を探し、他へ移り住むことを考えていた時、聞き覚えのある声が森へ飛び込んできた。 「おはようございます! こんにちは!」 耳を疑った。ぴくりと裏返った耳を追って振り返り、森の入り口に意識を飛ばす。巣を通して見た姿は、確かに彼奴だった。 目の前に姿を現すと、今度はぶつかる事なく小僧は足を止めた。寝間着姿だがその頬に病の気はなく、以前と同じように溌剌とした丸い目をして儂を見上げている。 「おはようございます。今日の分を持ってきました」 「何をしているのだ、小僧」 「今日の分の贈り物を持ってきました。昨日はごめんなさい。でも、あげたかったのは違うものなんです」 「どうして来たと訊いたのだ。昨日お前が何をしたのか、乳母から聞いたであろう」 「聞きました。だから謝りたくて。本当にごめんなさい」 小僧は着物の裾を払って膝をつくと、昨日の乳母の姿を真似るように、地面に平伏した。 「……ごめんなさい。僕はあなたに、とてもひどいことをしたんですね」 「そうだ。最早元の姿には戻れん。笑いたければ笑うがいい」 「笑えませんよ。すぐ死んじゃったりしますか?」 「知らぬ。だが今すぐお前の喉笛を切り裂きたい気分だ」 「ではそうしますか?」 あっけらかんと小僧に問われ、何故か言葉に詰まった。 小僧は何を感じ取ったのか、うんと頷くと、懐から昨日と同じ濃紺の表紙を持つ本を取り出した。 「昨日燃えてしまった手紙に、とても分かりやすくまとめてあったんですけど、もう燃えちゃったからこれしかありません。見にくいですけど……」 小僧はいくつか紙を捲ると、本を大きく開いてこちらに差し出した。 「ここから読んでください」 言われるままに本を摘み上げたが、いくら身体が小さくなったとはいえ、人の倍はある。 「小さすぎて読めん」 「そうですか。じゃあ僕が読みます。聞いていてくださいね」 小僧は一丁前に咳払いをすると、蟻のような文字を辿り読み始めた。 (12/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |