「昨晩からとても高い熱が……これは、あなた様の毒なのですか」 「儂ではない。ふん……病虫か。よくも儂の獲物に手を付けてくれたな」 小僧の腹に指先を突き付け、どうかと腕に縋ってくる老婆を無視し、腹の中にずいと指を進めた。 甲高い悲鳴が森を突き抜けた。息を詰まらせたようにひくひくと痙攣する小僧から手を抜くと、指の間で無数の体をうねらせる蟲が出てきた。 それを口に運び、噛み砕く。味は酷いものだが、少しは力になるようだ。 詰まりが取れたように、小僧の呼吸がすうと戻ってくる。これが恐らく“トミ”だろう。事態を察した乳母は小僧の様子を確かめながら、ありがとうございます、ありがとうございます、とひたすらに言葉を繰り返した。 俄かに森がざわつき始めた。「牛鬼が人の子を助けた」「牛鬼が人を」と様子を見ていた魑魅どもが囁き合う。 言い伝えでは、牛鬼は人の命を助けると死ぬという。此奴らはその瞬間を見たいのだろう。 ふんと一笑し、森じゅうに聞こえるよう声を張り上げた。 「勘違いするな。この小僧のせいで、儂はもはや今までのように人が食えん。力を取り戻すため、最悪の方法を取ったまでのこと。しかし、どうやら塵も多少は腹の足しになるらしい……何奴から食ってやろうかの」 それを聞き、つまらぬ、つまらぬ、と文句を吐く声が遠ざかっていく。 屑共が。力があれば住処もろとも燃やし尽くしてやったというのに。 「その小僧を連れてとっとと去れ。龍真の子孫に伝えろ、贈り物は確かに受け取ったと。そしてその命欲しくば、二度とこの地に足を踏み入れるなと」 「ありがとうございます、ありがとうございます。このご恩は必ずやお返しいたします」 「いらぬ。早う行け。目障りだ」 そうして未だ目を覚まさぬ小僧を肩に抱き、乳母は深く首を垂れ、去っていった。 * (11/43) 前へ* 最初へ *次へ栞を挟む |