時は刻刻と過ぎていった。
少しでも鬼の怒りを鎮めようと、森の入り口に人間どもは様々な貢物を置いていく。
それでも鬼は頑として呪いを解かぬと悟った人間どもの中には、早々に気の触れたものも出ているようだった。
中にも多少は力を持つ人間もいるらしく、あれやこれやと呪いを破ろうと試みてはいる気配はするものの、百年をかけてこの土地に張り巡らした呪いは、そう簡単に破れるものではない。
いくら泣こうが喚こうが、蜘蛛の巣にかかった虫けらのように、その先に待つのはただ捕食される運命だけだ。
半月が過ぎても、東風家からの知らせは一度も来なかった。
退屈紛れに妖怪を呼び込み、人間を襲わせてもみたが、どいつもこいつも弄ぶまでもなく、余興にすらならん。
あいつがやってきたのは、そんな頃だ。

「こんにちは! こんにちは!」

魑魅どものざわめきに、ふと目が覚める。何者かが、森に入ってくる気配がした。
これは大人ではないな。この目で見ずとも随分と幼い魂だ。人間の子供。男の子供。
童は相手をするのも食うのも趣味ではない。脅かして追い払おうかと蜘蛛の巣を通してその姿を覗き見て、思わず笑い声をあげた。
栗色の髪に琥珀の目をした、どこかで見たような風貌の子供だ。
目の前に姿を現してやると、ひたすら吠えていた童はひっと息を呑んだ。年の頃は十には満たないほどだろう。生意気に上等な着物を着ているが、裾から覗く足はごぼうのように細く、あまり育ちがよいほうではない。
直角に真上を向いた頭が、ガクガクと震えている。それでも小僧は意を決したように拳を握りしめ、口を開いた。

「あ、あなたが、みなさんの言っている、悪い鬼ですか?」
「お前のような童が何の用だ。贈り物は見つかったのか?よもや諦めて、子供を使って鬼に情けを乞おうというのではあるまいな」

睨めつけるように覗き込んでやると、小僧は栗の甘露煮のような目を爛々と見開いた。その中に恐怖は滲めど、決して逸そうとはしない。
少なくとも、此奴の親よりは見所がありそうだ。

「おい小僧、まずは名を名乗れ」

どっかと腰を下ろすと、小僧は怯んで後退りした。
しかし眼鏡の向こうの視線は、こちらを真っ直ぐに見つめている。

「龍臣(たつおみ)です。東風 龍臣」
「龍臣……ふん、やはり龍真の子孫か。それでお前はどうするつもりだ? たった一人で、この牛鬼に挑むというのか」
「いいえ。僕、お願いをしに来たんです」
「言うてみよ」
「もう人間を食べるのやめて下さい」
「何故だ。お前も肉を食うだろう。そのために豚や牛も殺すだろう。それと同じことだ。腹が減るから食ろうておるのだ、何が悪い」
「うーん……それは、そうですけど……でも、僕、お肉食べなくても生きていけます」
「儂らはそうはいかん。人を喰い、霊力を養うことでここに存在している。童には難しいか。人が古より子を産み育て、ものを食い生きるように、儂ら妖怪にも成すべきとする本能があり、それに従い生きているだけのこと」
「それって誰が決めたんですか?」
「知らぬ。だがそれが当たり前のことなのだ」
「誰が決めたか知らないのに?」
「生意気な口をきく小僧よの。朝飯代わりに食ろうてやろうか」

冗談のつもりだったが、どうやら小僧は間に受けたようだ。
ぎょっと飛び上がり、おもむろに懐に手を突っ込む。小便を漏らされてはかなわん。もう少し脅して追い払おうと思ったが、しかし小僧の懐から取り出されたものに、全身が粟立った。
黒塗りの鞘に藤の花の、龍真の言っていた“鬼殺しの短刀”だ。
こいつ、何故そんなものを。



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