そう思っていたが、しかし龍真との交流は思いの外長く続いた。
約束を破るどころか奴は律儀に貢物を贈ってよこし、祓い人を雇い、危険の種を追い出そうとすることもなかった。
そうしているうちに、牛鬼よ、友よ、と酒を持って会いに来る男のことを、いつしか受け入れている自分に気付く。
久々に人間の生活に触れ、どうやら儂も感化されておるのだろう。龍真の懐に常に件の短刀があることは気づいていたが、この男は生涯それを振るうことはないのだろうということも、不思議と確信していた。
やがて龍真の髪に白いものが混じり始め、土地とともに手に入れたという嫁との子も、縁談の話が出るほどに成長した。
時の流れは早いものだと龍真は言う。人間もそのように思うのだなと言うと、当たり前だと笑っていた。

それは、桜の見頃を少し過ぎた、ある日のことだった。
約束の酒を届けに来た龍真が、帰り際にこんなことを言い出した。

「牛鬼よ、前にも訊いたが、もう一度だけ答えてくれ。これに見覚えはないか?」

そう言って取り出したのは、あの鬼殺しの短刀だった。相変わらず禍々しい気を纏っておる。
むう、と唸り、そんな物しまえと命じたが、龍真は頑としてそれを突き出し続けた。

「知らぬと言った。何だ、ついに儂を追い出す気になったか」
「いいや。だが思うところがあってな。なぁもう一度よく見てくれ。ほうら、ほら」

その面影に老いを感じるようになろうと、その仕草は拾った枝を振る子供のように無邪気だ。
渋々背中を丸め、顔を近づけてやる。黒塗りの鞘には藤の花が描かれていた。とても鬼を殺すという力を持つ刀とは思えない、清廉とした気品のある刀だ。
しかし、その美しさすら不気味に思う“何か”を感じさせることは確かだ。見覚えがあるかと言われればないが、得体の知れぬ忌々しさを覚える。

「知らぬ。儂はそれが嫌いだ。早くしまえ」
「ふむ、そうか。では最後にもうひとつだけ。牛鬼よ、お前は自分が生まれた時のことを覚えているか?」
「知らぬ。何が言いたいのだお前は」
「ふふ、いやなに。お前が口より目でものをいう奴で助かった」
「ふん、人間風情が生意気に。ついに耄碌したか爺よ」
「確かに爺だが、何百年も生きた大爺に言われたくないぞ。はは、これは面白いことになった。牛鬼よ、次に来る時は、いつもの酒とは別に、お前にもう一つ贈り物をやると約束しよう。きっと驚くぞ。まぁ楽しみに待っておれよ」

老いた目尻にくしゃりと皺を寄せ、またなと手を振って桜を散らしながら去っていく。
それが、儂の見た龍真の最後の姿だった。






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