「よかった、やはりこれは本物らしいな。これは鬼殺しの力を持つ短刀だ。私はこういう曰く付きのものに目がなくてなぁ。これがこの土地で見つかったというのも、この土地を買った理由のひとつなのだ。祓い人を雇い、これを使えば私はお前を追い出すことが出来るのだろう……しかし、いいか牛鬼よ。私はあくまでこれでお前を殺すような真似はしたくない。先も言った通り、恩を仇で返すようなことをしたくはないのだ。どうだ、ひとつ私と約束を交わさないか」
「人を食うのをやめろと言うのだろう。その言葉は聞き飽きた」
「うむ、まぁ、そうだな。だがひとつ聞きたいのだが、牛鬼よ、お前は人を食わずにいつまで生きられる?」
「知らぬ。酒も人間も女も、好物を絶ったことはないのでな」
「そうか、お前に死なれては悲しいな。ではこうしよう。この約束は東風家の管理する土地の中のみを範囲とし、一歩外に出た時はお前の好きにすると良い。その代わり、土地に悪いものが入ってきた時は追い出してくれ。なに、今まで通り、お前の縄張りを守る程度の認識でかまわんさ。礼として月に一度、必ずお前に酒と食い物を贈ろう。樽は十ほどで足りるか? そうか、では百だな。人間の食い物もなかなかに美味いぞ」

龍真という男は実によく喋った。
まだこちらが了承するとは一言も言っていないのに、図々しい人間だ。人喰い鬼を前にしても怯えなどなど微塵も見せず、ましてや己の土地を荒らさなければ、人間を食い続けて良いという。
酔狂にも程がある。己の欲に忠実で強欲な、人間の皮を被った鬼のような男だな。
一方的に指折り条件を連ねていく様子をじっと見ていると、小さな男は「どうした牛鬼よ」と袖を広げた。

「お前は、儂を恐ろしいと思わんのか」
「そりゃ恐ろしいさ。さすがに鬼なんて初めて見た。だが私は幼い頃から”見える”たちでな。そのせいで怖い思いもしてきたが、人ならざるものに助けられた経験も幾多とある。同じ大地に生きる者同士、出来るなら無益な争いなどせず、共に生きたいと思うのは当然じゃないか」
「何かにつけてはくだらぬ諍いを起こしている、人間の言うことか」
「あっはっは、耳が痛い。まぁ私達はここから始めようじゃないか。さてどうだ、牛鬼よ。私との契約を呑むか」
「良いのか。妖怪と“約束”を交わすということは、ひとたび破ればお前の魂を喰らうということだぞ」
「うむ、わかった。人間の間でも“約束”は大事なことだ。心に銘じておこう」
「ふん……まぁいい、しばし付き合ってやろう。次には美味い酒を用意してこい」
「わかった。任せておけよ。他ならぬ恩人であり、新たな友の頼みだ。とびきりの酒を酒蔵ごと買ってやろう」

そうして無邪気な子供のように笑った、これが龍真との出会いだ。
やがて海沿いの高台に屋敷が立ち、説得したのか騙したのか、龍真が連れてきた人間たちが再びぽつりぽつりと村を形成し始めた。
人間達は次々と海に船を出し、漁に出たり荷を運んだりとよく働いた。それに伴い、海岸沿いに魚や海藻を干したりする、数百年と見なかった光景が戻ってきた。
どうやら長年、漁師は鬼を恐れてこの海域を避けていたらしく、水揚げは上々のようだった。龍真の懐が温まると同時に村人も増え、閑散としていた土地にいくつかの集落もできた。
遠巻きにそんな人間の生活を眺めていたが、隙あらば退治してやろうと襲いかかってきた以前とは違い、今度は誰一人として、海岸沿いの森の中の鬼を気にしている様子はない。
少々手応えが無くつまらぬ気もするが、まぁいい。山を越えて求めに行かずとも酒やつまみが手に入るうえ、人が増えれば食料も増える。
龍真と約束を交わしたとはいえ、少しでも反抗する素振りを見せれば、また村ごと食ってやればいい。



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