【企画】歌刀戦記 | ナノ

銀の花 23  


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それから花とシグネの回復を待って、俺たちはキヨさんに全てを報告するため、あの村に戻った。
畏れ多くも「銀の花」と名付けられた菖蒲が始めた組織は、まだ本格的に動き出してはいない。
あの場に居た流浪の民の他に、賛同する者があと数人加わった。小規模ながら、行動開始に向けて話し合いを進めている。
その合間合間で、菖蒲はしつこくシグネを口説いているようだった。
馬鹿正直な俺が言うのもなんだけど、あいつの言葉は刀みたいに真っ直ぐすぎて、聞いているこっちが恥ずかしい。
シグネはなかなか首を縦に振らない。今度は俺らがお膳立てしてやろうか、とからかうと、病み上がりとは思えない力で腹に拳を入れられた。

俺は明日、家族のいる村へ、全ての事情を説明しに旅立つ。
花にも一緒に来て欲しかったが、まだ本調子でない体のことを考えて、花は残るよう菖蒲に言われた。

その日は、花と一緒にキヨさんの墓参りをした。俺たちの報告と、経緯と、今後のことを告げる。
花は泣かなかった。泣きたくないからそばに居てくれとか細い声で言われた時、無理をするなと言ったが、花は懸命に耐えているようだった。
震える声で感謝の言葉を告げ、花がぐっと唇を噛む。
そしておもむろに懐から何かを取り出すと、素手で地面を掘りはじめた。
それは、花がよく着ていた女物の着物と、それに包まれた小刀だった。

「これ……あやめさんの、なんだ。清さんに返す。着物は僕のだけど……あやめの花、だから」
「あ……そうなんだ。手伝うよ」

二人で、黙々と墓の前の土を掘る。
あやめの花の着物を羽織り、花はキヨさんに何を告げたのだろう。
目の前にいる健気な恋人を見ると、こんな時まで死者が妬ましかった。
長く囚われた過去を手放そうとする、花の思いを汚さないため、首を振って嫉妬を断ち切る。
着物が埋まるほどになると、着物で包んだ短刀を置き、花はそっと土をかぶせ始めた。
ついに我慢の限界が来たのか、土に汚れた手にぽとぽとと涙が落ちてくる。
その手を握って、俺も手早く土をかけた。
二人で墓前に手を合わせ、キヨさんとあやめさん、二人の冥福を祈る。
やがて花が立ち上がり、ごしごしと袖で顔を拭った。

「銀に、まだ言ってないことがあるんだ」
「な、何?」

覚悟の見える背中に、緊張しながら立ち上がる。すっと空気を吸い、花がこちらを向いた。
目元が少し赤くなってて、何度見ても、この世のものとは思えないほど綺麗な奴だと思う。
風が黒髪を弄び、宝石のような緑の瞳は、分厚いレンズの向こうからまっすぐ俺を見つめていた。

「きっと、銀が思ってるより、ずっと、ずっと、僕は……銀のことが、好きだ」

実は人間じゃないんだ、とか言われるんだと思ってた。
しかし、現実は思ったよりずっと甘かった。俺がぽかんとしているうちに、つり上げた花の眉は下がって、眉間にしわが寄って、目線が迷い、白い肌は耳まで薄紅色に染まる。
お前、どこまで可愛いんだよ……。

「ちゃ、ちゃんと、言ってなかったなと思ったんだ!」
「あぁ、うん。そうだな。確かにそうかも」

ハァーッとため息をついて熱い顔を覆うと、花は一生懸命噛み付いてきた。
あんまり可愛くて、笑えてくる。もうこれ以上、好きにさせてどうするんだ。

「花。俺も言いたいことがあるんだ」
「え……何?」

身構えた花の手を掴み、土汚れを手ぬぐいで拭う。
そしてすらっとした細長い指に、銀の指輪を通した。

「銀……これ」
「うん、俺のブレスレット。半分に割ったんだ。国を捨てたら持ってても仕方ないし……でも俺、貧乏だからさ、無駄にもしたくないし、なら花に持っててもらいたいなと思って、作り直した」

そう言いながら、流浪の装飾屋に頼んで磨いてもらった指輪を回す。
ちょうど模様が真上に来るようにすると、何か彫り込まれていることに気付いたのか、花が指を顔に近付けた。

「何に見える?それ」
「桔梗……の、花?」
「うん、よかった。元東の人に教えてもらったんだ、桔梗の花はそう描くんだって。あとさ、桔梗の花言葉っていうの、きいてさ。花にぴったりだと思ったんだよ」
「何……?」
「永遠の愛」

花がはっと息を呑んだ。
大きな目に、みるみるうちに涙が浮かぶ。俺はもう一つ、同じ指輪を取り出し、自分の指に通した。
揃いの指輪をつけた手を、花の手と重ねる。

「……いい名前だよな、桔梗。いつか、本当に戦争が終わったらさ、俺も花の母さんに会いに行きたいな」
「うん」
「戦争が終わったら、キヨさんをあやめさんのいる故郷に帰してやろうな」
「うん……」
「たくさん愛されてきたんだな、花。俺もさ……そこに、入れてよ」

重ねた手に、ぎゅっと力がこもる。
俯いた顔から大粒の涙がぼたぼた落ちて、花は俺に抱きついてきた。
思いがけない行動に驚きつつ、そっと花を抱き返す。

「本当に……僕で、いいのか?」
「何度言わせるんだよ。他の誰でもない、花がいいんだ。花だから、好きになったんだ」
「ありがとう……銀。銀に会えて、良かった……」
「うん、俺も。ありがとう……花」

しっくりと手に馴染む頭を撫で、黒髪に唇を寄せる。
ゆっくりと体を起こし、どちらともなく唇を重ねた。
何度目でも、照れくさくて、溢れんばかりに嬉しくて、幸せな気持ちに笑い合う。

「明日、行くけど……すぐ帰ってくるからさ。もう、逃げんなよ?」
「うん……ここにいる。銀を、待ってる」
「変な奴に言い寄られたら、この指輪見せろよ?自分にはこういうやつが居るんだってさ」
「指輪を?何で……」
「あぁ。西では、薬指の指輪は結婚してることの証なんだ。……言わなかったっけ?」
「い、言ってない!」

途端に湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして、花は指輪をもぎ取ろうとする。
俺はその手を掴み、引っ張って駆け出した。
しばらく何考えてんだとか恥ずかしいとか言ってたけど、だんだん可笑しくなってきて、二人して声をあげて笑う。

キヨさん、花を守ってくれてありがとう。
俺、まだまだ弱いけど、これからは俺が守るから。
手を繋いで、一緒に生きていくから。

愛の力で戦争を終わらせよう。

いつか世界中に幸せの花が開く、その時を目指して。


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